これまで輩出した約7000人の卒業生には、4人の大統領(ジスカールデスタン、シラク、オランド、マクロン各氏)と8人の首相(シラク、ファビウス、ロカール、バラデュール、ジュペ、ジョスパン、ドビルパン、フィリップ各氏)が含まれる。閣僚経験者や国営企業幹部にも「エナルク」は多い。フランス国民が「技術官僚が主導する国家を支える炉床」(週刊誌ル・ポワン)とENAをとらえているゆえんである。
ENA閉鎖は「黄色いベスト運動」への回答
一方、同校と歴代OB・OGのエリート集団は常にある種の批判にもさらされてきた。確かに「能力次第による選抜と出世」は公平で民主的なのだろう。しかし、「エナルク」たちが高級官僚や地方行政を牛耳ってしまうことから、それ以外の人々にとっては高位の官職に就く道が事実上閉ざされたに等しい。さらに、現実には入学生たちのほとんどが、文学や芸術の愛好といった上流社会の嗜好を共有する家庭の子女で占められるようになったことから、上流家庭とENAが暗黙の共謀関係を築き、エリート層を再生産している、との批判まで起きているのだ。
問題は、こうした制度の存在を社会全体が長期にわたってある程度容認してきたためエリート層と一般大衆との格差が固定したことだといわれる。そして21世紀になると、長期に及ぶエリート依存の弊害として、国民全体の平均教育水準が他の先進国と比べて見劣りする状態を招いたとされるに至っている。ENA卒業生たちには在学中の成績が出世を左右する形で一生付いて回るため、OB・OGからはそれを「重荷に感じる」との声があがっていることも問題視される。
ここまで書けば、大統領の狙いを思い当てる読者も少なくないだろう。マクロン氏の発表は、毎週土曜日にパリや地方都市でくすぶり続ける反政権デモ「黄色いベスト運動」への政府の「回答」のひとつとして行われたものだ。今年1月から3月にかけて政府が行った国民からの意見聴取を踏まえ、根深い「反エリート感情」に対処する必要性を認識したのである。5月下旬の欧州議会選挙を控えるマクロン氏が、反エリートを掲げる反欧州連合(EU)勢力の伸長を押さえるために母校を血祭りに上げる決断を下したとも言えるのだ。
つまり、決定はかなり政治的な色彩を帯びている。ル・モンド紙は「政権が廃止へ傾いた一番大きな理由は、卒業生たちが社会全体を代表する存在ではないことだ」と分析した。「エナルク」は、大戦後の国家復興に粉骨砕身してきた膨大な数の下級官吏や事務職の公務員たちとは同じ気持ちではない、とも指摘した。国政を背負う中核層が国民感覚と遊離しているという見方だ。
同紙は、さらに根の深い問題に言及する。それは、かなり以前から、最も優秀な学生たちにとって官僚という職業が人生の大半を捧げるべき魅力を持つ存在ではなくなっていることだという。1950年代以降の戦後復興を引っ張ったポール・ドルーヴリエは国家の効率的な運営方法を確立しようと計画経済の音頭を取り、政治家たちを駆り立てた伝説の高級官僚だが、そうしたタイプの人物は、もはや見当たらない。