こうした事態の解決のため、S社の人事担当者は「時短勤務でも残業していたころと同じパフォーマンスを出せる」ことを証明し、その成功事例を組織全体に広めようと考えたのです。そこである一人の時短勤務者に着目し、とにかく出来る限りのサポートをしました。時短勤務者のノートPCを常に最新のハイスペック買い替えるなど、傍から見るとえこひいきと受け取られかねないことも、当初掲げた大義名分を盾に周囲の不満を抑え込みました。その結果、時短勤務内で、残業していた頃と同等かそれ以上のパフォーマンスを出すことに成功したのです。

人事は「歩く広報」になれ

 次に人事担当者は、事あるごとに「〇〇さんはスゴイ!」と、成功体験者を褒めまくったのです。社員食堂で他の部署の社員と食事をしている時も褒めまくる。社外でも「うちにはこんなスゴイ社員がいる」と褒めまくる。人事の業界団体の会合でも褒めまくります。社長や役員がやっているブログでも「わが社にはこんなスゴイ社員がいる」と褒めてもらいました。さらにはメディアが取材に来た際にも、本来のテーマで話をした後で「実はうちには・・・」とさりげなく褒めまくったのです。

 そうしているうちに、当の本人がメディアから取材を受けるようになりました。ここまでくると、社内から何人か「時短勤務内で成果を出す」方法への賛同者が出てきます。そこで人事担当者は、賛同者の中から何人かをピックアップし、またもピンポイントで全面的にバックアップしたのです。そして成功すれば、また褒めまくる。

 S社では、成功者が3名登場した時点で「わが社の時短勤務者は残業しない時と同じパフォーマンスを出せる。だったらぜひ、うちの部署に来てほしい」というオファーがあちこちの部署から出てきて、空気感が変わったそうです。

 コツは人事が通達や命令をせず、素直に褒めまくったこと。壁のペンキ塗りを命じられたトムソーヤが、さも楽しそうにペンキで塗っているふりをしていると、友達が「楽しそうだから俺にもやらせて」といってきたあのアプローチと同じです。友人は「壁を塗るのは楽しい」と思っているので、単純な作業の中にも楽しさを自らみつけて楽しみだします。S社でも似たようなことが起こりました。どの部署も「時短勤務者へのバックアップを人事と一緒にやれば生産性が上がる」と信じているので、成功者が続出したそうです。

 疑心暗鬼の状態での取り組みでは、何かが起きると「ほらみたことか」とすぐネガティブ空気になりますが、「できる」と信じて取り組んでいると「どうバックアップすればいいだろう?」と解決に向かう方向で現場も時短勤務者も思考するようになるので飛躍的に成功の確率が上がるのです。「手が空くのでドンドン仕事を振ってください」と積極的に働きかける時短勤務者も続出し、お互い腫れ物に触るような関係で疎遠な距離感を感じていたのに、みるみるポジティブで親密な関係に変わったそうです。

成功事例を「仕組み化」し、追い打ちをかける

 S社の人事担当者は、成功者が出てきたら、その仕事ぶりを「完コピ」できるようにノウハウを「仕組み化」しました。朝から定時までの時間割を日、週、月単位で作成。重視する事や短縮するコツ、周りとの関わる時の一声など、誰でもすぐ今からできるレベルまで可視化したそうです。子供が熱を出すなどといった緊急事態時に仕事を止めないためにはどうするべきかなど、事例をもとにパターン分けまで行うことで、先人の知恵を新たな時短勤務者が引き継げるようにすることで、効率的にラクに速い仕事の仕方を身に着けられるようになりました。

 お陰で、育休明けが近づいてきた女性社員は、「私も残業していた時代と同じパフォーマンスを上げなくては」と復職に対するモチベーションも変化したそうです。そのためS社は、希望者には育休中にこの先人のノウハウを学べるようにしました。

 ここまで出来たら、次に人事担当者がすることは時短勤務者を取り巻く人たちの意識改革です。S社では、「時短勤務者がこれだけパフォーマンスを出せるのに、残業してこの程度だとおかしくないか?」という素朴な疑問が自分達から出るように問いかけたそうです。人事から「時短勤務者と同じパフォーマンスはおかしくない?」と言ってしまうと、説教くさくなったり命令的になったりしてしまい、「自発感」はなくなります。なので、あくまでも「問いかけ」に留め、自ら気づくように、辛抱強く問いかけを繰り返したそうです。

 そして1年後。

 全社の残業が3割も減り、業績は倍になったそうです。

 このステップは一見すると大変なようですが、実は全社の合意形成をとって調整しながら進めるより、はるかに短い時間で、速く結果に繋げることができます。ぜひ「乗ったもん勝ち」アプローチを試してください。効果は絶大です。