すべての作業は、読みやすくするため

 先ほどお見せした版面例は三人称一視点で書かれていますが、小説には三人称二視点とか、一人称と三人称を交互に持ってくるとか、様々なケースがあります。ただ、小説における視点の混乱というのはかなり深刻な問題になるんですね。多視点の場合、一番わかりやすいのは章を変えたりすることなんですが、そうもいかない状況も発生します。三人称の場合、微妙に視点をずらす、というテクニックだってあるわけです。そういう時に、マンガがコマで区切られているのと同じように、小説も版面で細かく差異を表現していかないと、読みにくいだけじゃなくて、意味が通じなくなることもあるんですね。

 文字、文、文節、段落、ページ、見開き、章と、それぞれに調整していくためにも、小説の文章は最初から最後まで同じ圧力でないと、こまやかなケアがしにくいわけです。小見出しとか大見出しとか変な記号だとか書体を変えるとか、そういうテクニックは、ある条件の下で限定的に使用する以外、小説にとってはあまり有効なものではありません。

 そうやって余計なものを排除していって、文字の詰め方、改行の仕方、記号の入れ方を整理していった結果、今のスタイルに行き着いたんです。結局、字間は全部同じで、追い込み、追い出し、ぶら下がりナシというスタイルが一番読みやすく、また仕掛けや細工もしやすかったんですね。でもまあ、あくまで現状では、ということですけど。

 見せ方や文字数をコントロールしながら書くのは難しいでしょ、と言われることがありますが、小説を書いている人は、意識していなくても本来それぐらいのことを平気でしているはずですよ。だってたくさん語彙があるはずですからね。語句を言い換えれば文章も変わる。プロットを練り直すとか、構成を作り直すとか以前に、書き方を変えることでわかりやすくするというような行為はいくらでもしているはずなんです。いや、わかりやすくできるということは、わかりにくくもできるということですしね。ただ、ほとんどが版面を前提とした作業をしていないというだけだと思いますけど。

 現在の僕の技法は完成したものではありません。たとえば文がページをまたいだほうがいいというテクニックもあるんです。ただ今のところ、そういうハイテクニックが僕には使いこなせていないというだけです。そんなわけで、日々あれこれと試してはいます。これまでお話ししたような細かい、無駄な努力の積み重ねで、多少なりとも表現できるものの幅が拡がるのではないかと考えてはいるんですけどね。