学校や仕事には休憩がある。しかし家事と子育てに休憩はない。子どもは朝から夜までくっついて離れない。朝が来たと思ったら昼食の準備、子どもをあやしているうちに夕食の準備。泣いたりわめいたり知らぬ間にケガしたり。気が休まる時間がない。勉強や仕事でのやり方が通じない。しかも、誰もほめてくれない。

 社会とのつながりを断たれ、自分の位置と価値を確認しづらい専業主婦という特異な環境は、精神的代償を求める心理に陥らせがち。グチっぽくなったり、子供の成長に自分の全存在を賭けてしまって、子供からも疎まれるほどになったり。何かに依存せずにいられなくなってしまう。

 グチっぽさや子供への過度の介入・依存は、これまで女性の性質のように捉えられたが、そうとは言い切れない。専業主婦と同じ社会的孤立状態に追いこまれれば、「専業主夫」になった男性も耐えきれなくなるだろう。

 女性が結婚、出産後も社会とのつながりを維持・構築し続けることができるならば、女性の精神状態を健やかに保ち、ひいては子どもの発達にも家庭の円満にもつながるだろう。その意味で女性が社会進出することは、精神衛生上も有益だろう。

 ただし、家事や育児を男性が担当するにしろ女性が担当するにしろ、「誰も誉めない」「社会的つながりが断たれる」「育児に休憩がない」という課題はそのまま残されたままだ。この課題を置き去りにして、「働き方」を改善することはままならない。

 家事・育児は極めて重要な仕事であり、家庭が果たす重要な機能だ。しかし家庭の中の仕事は「誰も誉めない」「休みがない」「社会的つながりが断たれる」という状態を現出しやすく、学生や社会人の成功体験が通じない仕事でもある。その事を無視して社会進出ばかりを促進しようとすると、花ばかり見て根を腐らせるようなことになりかねない。

 家庭は社会の根っこだ。家事育児をどうとらえるか、社会自体がしっかりと見据えないと、「働き方」は見えてこないだろう。