遺伝子組み換え作物は、目に見えますし、変化があれば分かりやすいのですが、微生物やウイルス関係は目に見えませんから、何かあってもすぐには分かりません。そのためバイオハザード(生物災害)が発生しても対策が遅れる可能性が高いのです。
科学者達が想定している、この分野のリスクはいろいろあります。
例として、遺伝子組み換えジャガイモからジャガイモに感染する、ジャガイモ萎凋(いちょう)細菌病(Fusarium wilt)の病原菌に、遺伝子が水平伝播する(個体間や他の生物間において起こる遺伝子の取り込み)リスクについての研究を見てみましょう。
ジャガイモ萎凋細菌病の菌はジャガイモの細胞を溶かす酵素を持っています。そのためジャガイモが感染すると、遺伝子組み換えジャガイモ内のDNAを取り込むのではないかといった危惧がありました。
実験室内で、遺伝子の伝播が最も起こりやすい最適環境と、自然環境に近い環境を再現して調べた結果、最適環境では6.3×10−2の頻度で発生することが分かりました。これに対し、自然環境を模した環境では、検出はされませんでした。しかしさらに、最適環境と自然環境の間の環境をいくつか作って調べた結果、自然環境では2.0×10−17の頻度で発生することが考えられました。
1グラムのジャガイモで増殖できる細菌数は6×108(6億個)なので、1グラムのジャガイモの遺伝子が水平伝播するには、その109倍、すなわち数10億倍の菌が取りついて1つ成功するかどうかということになります。つまり、天文学的な確率で運が悪くない限り起こりえないということが分かったわけです。
それでも天文学的な確率で、遺伝子組み換えジャガイモの遺伝子が菌に伝播したとしましょう。それでもその菌が生き残れるとは限りません。まだ未解明な部分も多いのですが、土壌微生物の世界は、競合する他の菌や、菌を餌とする虫などで溢れているため、その中で生き残れる確率もまた低いとみられます。
「0」ではないリスクをどう捉えるべきか
このように、あらゆる可能性を前提に多くの研究が今も進められており、問題が発生する確率はゼロではないものの、天文学的な確率でしか起こり得ないと判断されているわけです。そのため今のところ「これはヤバい」といった事例は報告されていません。
仮にあったとしても、農地の中のことなので対策は容易です。殺菌剤で殺すこともできるでしょうし、殺菌剤を使わなくても、土作りや輪作(連作障害が出ないように毎年作る作物を変え、数年で一巡させる方法)など、耕種的防除と呼ばれる土壌環境を激変させるテクニックを使えば対処できるはずです。なぜなら、遺伝子組み換え作物の有無とは関係なく、農家は日々そうやって病原菌と戦っているのですから。
参照:「フザリウム菌の病害とその対策」
反遺伝子組み換え作物論者が気づいていないような、そして世間の関心が薄れている現在も、多くの科学者たちがこのように人知れず遺伝子の拡散について調べている。それでもなお心配なら、私もこれ以上説得する材料は持ちません。