小麦の国際価格を高騰させたロシアによるウクライナ侵攻。パンやラーメンなど、私たちの食卓に直結する食材だけに、家計への影響が懸念されるところだ。
そんな中、食糧安全保障において日本が本当に関心を寄せるべきは、ロシア軍に包囲されたマリウポリにあると訴える専門家がいる。元農水官僚の山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹だ。山下氏に、日本が学ぶべき教訓と備えを聞いた。(聞き手、河合達郎、フリーライター)
──ロシアによるウクライナ侵攻で小麦の先物価格が高騰しました。今後、政府売り渡し価格がさらに上昇し、小麦製品の値上げも予想されます。現状をどう見ていますか。
山下一仁氏(以下、山下):大騒ぎすることではありません。今回の価格高騰の影響を考えるなら、同じように高騰した2008年のことをよく調べる必要があります。
穀物価格が高騰した2008年に日本で起きたこと
山下:当時、日本で何か大変なことは起きましたか? 食糧危機のようなことは何も起きていません。
日本は小麦の輸入大国で、小麦はパン、ラーメン、スパゲティーなどいろんな材料として使われているため、当時は大変なことが起こると騒がれました。ただ、実際に起きたのは食料品の消費者物価指数が2.6%上がっただけです。飲食料品の消費支出全体で見れば、輸入の小麦やトウモロコシといった製品が占める割合はごく一部にとどまるので、全体的にはほとんど響きませんでした。
また、消費には代替性があります。米の価格が相対的に安くなり、消費が上がりました。パンの値段が上がれば、その代替品である米を食べるということになります。
一方で当時、穀物価格高騰と食糧危機が世界的に注目されたのは事実です。その年の洞爺湖サミットでも、主要テーマの一つでした。実際、フィリピンでは大変な飢饉が起きました。テレビでは、米の配給を待つフィリピンの人たちがものすごい長い列を作る様子が連日のように報道されました。
同じように食糧を輸入しているのに、日本で飢饉が起きず、フィリピンで飢饉が起きたのはなぜだったのでしょうか。それは、フィリピンが日本に比べて所得が低いからです。
2008年を振り返ると、米国のブッシュ政権がトウモロコシによるバイオエタノール生産の強化を掲げたことをきっかけに、あらゆる穀物の国際価格が高騰しました。フィリピンは途上国で、エンゲル係数が7割というような家庭もあります。高騰した米を買う資力がなく、飢饉が生じたというわけです。
──それでは、小麦価格高騰が国内に与える影響は、今回も小さいと見ていいのでしょうか。紛争当事国のロシアとウクライナは世界有数の穀物輸出国ですが、供給不足は起きないでしょうか。