そしてトヨタは、それまで高回転・高出力志向のエンジンのためのものと考えられていた「各気筒4バルブ」レイアウトを、大量生産される普通のクルマのエンジンに導入することで世界に先駆けた。今や「4バルブ」は当たり前の技術だが、その流れを作ったのは80年代初頭のトヨタだった、と言ってもいい。
私のエンジンの「師匠」であり、「毒舌評論」で知られた兼坂弘さんが「(この技術を生み出した)トヨタはエラいのだ」と言い、当時、エンジン開発を主導した金原淑郎氏との対談で盛り上がったのを思い出す。
当然、その中ではバルブ駆動機構とそれぞれの要素技術、その製造技術にまで至る徹底的な検証が行われたはずだ。それが本来の「トヨタ流」なのだから。
そのバルブ駆動機構の中核要素の1つであるバルブスプリングに、折損の可能性、という重大な問題が起こった。それが私にとってはショックであり、非常に残念であり、そして「いったい何が起こっているのだろう?」と考えさせられるのだ。
サプライヤーに対する大幅コストダウン要求の影響がここにも?
今回、リコール対象になるエンジンの製造期間が2005年に始まっている、ということは、トヨタが全てのサプライヤーに対して大幅コストダウンを、極端に言えば「50%カット」を要求して突き進んだ時期と一致する。
何より素材、そして形状や製造方法、熱処理などを「これまでと同じ性能を達成できれば」と、徹底的に「合理化」することを要求した。
バルブスプリングのように負荷がきついもので素材や熱処理を変えれば(レベルを落とせば)、当然、性能面のマージンも、瑕疵が発生するリスクも増える。
同時に耐久性試験や、製造中の抜き取り検査、確認試験なども簡略化したということが、我々のところまで聞こえてきている。
例えば、バブルスプリングの伸縮回数。乗用車のエンジンが基幹部品交換などの重整備を受けるか、使用を終わるまでの走行距離が10万キロメートルだとして(世界の常識では、それでは少なすぎるのだが)、バルブスプリングはその中で毎秒10~50回ほどの速い伸縮運動を300万~500万回か、あるいはそれ以上も繰り返すことになる。それでまったく問題ないか、バネ単体ではそのさらに1桁上ぐらいの確認試験が定石となる。
しかし、最近のトヨタは、「そこまでやっても変わらないから」と、逆に1桁減らす、つまりこれまで必要と考えられていた繰り返し回数と比べれば100分の1以下の工数でいい、と言ってくるとも聞く。
先人たちが築いてきた技術的知見や経験則を、そして自分たちが取り組んでいるものづくりを、真摯に受け止めていれば、起こらないはずのトラブルだったのではないか。私にはそう思えて仕方がない。
2007年夏以降の、同じエンジンを積む同じ車種がリコールの対象になっていないのはなぜか。トヨタ自動車広報部にこの質問をしたところ、「それ以降のものは、異なる部品(バルブスプリング)を組み込んでいますので」とのこと。
製造を始め、市販に入ってしばらく経ってから、「バルブスプリングの素材に弱点となる結晶構造が現れることがある」のが判明。そこから改善策の検討を、バネのメーカー、素材メーカーと始めたとすれば、部品変更はこのくらいのタイミングになるだろう。
ただ、それが現実に路上を走るユーザーのクルマで「折損」というトラブルにまで至るのか、それがどれほどの数になり得るのか、多量に及んだ時にはどう対処するのか・・・。現実にトラブルが「析出」するまで、そこが「読めなかった」ということだろうか。