エンジンから異音、果ては走行中にエンジン停止
では、バルブスプリングが折れてバネとして働かなくなる、つまりバルブを押し戻す力が失われると、どんなことが起こるのか。
トヨタの説明によれば、「異音が発生してエンジン不調となり、最悪の場合、走行中にエンジンが停止するおそれがあります」というのだが・・・。
もちろん、異音は出る。それもガチャガチャした音。バネの戻し力を失ったバルブがカムの形に沿って正確な往復運動ができなくなり、バルブを動かすために組み合わされている複数の運動部品の中に遊び(空隙)が生じ、急にぶつかり合うような動きになるからだ。しかし、それはトラブルのごく始まりのところでしかない。
戻す力を失ったバルブは、本来なら閉じているべき状況でも、シリンダーの中に向かって「浮いた」ように開いたままになる。圧縮から燃焼・膨張と、シリンダー内に高い圧力が生まれるプロセスで、その圧力が開いているバルブから「逃げて」しまう。つまりエンジンが出す力が落ちる。エンジンから、ブルブルした振動も増える。
さらに最悪のケースでは、バルブとバルブスプリングを止めている小さな部品が脱落すると、バルブはシリンダーの中に落ち込むように突き出したままになり、上昇してくるピストンにぶつかってしまう。バルブは曲がり、ピストンにも傷が入るという、エンジンとしてはきわめて重大なトラブルに立ち至る。モータースポーツなどで回転限界を多用した時に起こる、いわゆる「エンジントラブル」の症状の1つである。
それとは別に、バルブスプリングの一部が、吸気用と排気用のバルブの軸部がそれこそ「林立」して往復運動を繰り返している狭い空間の中に飛び出せば、ここでも他の部品が連鎖的に壊れる可能性がある。これもエンジントラブルとしては重症だ。
というわけで、エンジンからそれまで聞いたことがないような金属が踊って当たっているような「ガチャガチャ・・・」「ガガガ・・・」「ゴロゴロ・・・」といったガサツな音が聞こえたら、同時にクルマを押している力がフッと下がったら、できるだけ早くクルマを止め、エンジンを切る。ダメージが他に広がらないように、バルブスプリングが折れた状態でエンジンを回さないようにすることが望ましい。
しかし報道などによれば、日本国内で現実に起こった220件ほどのバルブスプリング折損の中で、四十数件はクルマが走れなくなったらしい。最近のクルマでこんな重大なトラブルが起こるとは、ほとんどのユーザーは考えたこともないはずで、多少の異音や出力低下でも「サービス工場までは・・・」などと走り続けてしまったのだろうと思う。
そもそもエンジンルームから伝わる音は「悪いもの」として、徹底的に遮音している車種ばかりだから、エンジンが仕事をし、回っている感触そのものが希薄で、異常な音や微振動などを感じにくくなっている、という面も、ここではマイナスに働く。
吸気バルブと排気バルブでは、傘の径も違い、材質も違い、したがって重さも違う。そこでバルブスプリングのバネ特性も違ってくる。だから今回のリコールの対象はそのどちらかかと思ったら、「両方」だとのこと。
元になったバネ鋼の線材が同じもので、巻き径や巻き数を変えただけなのだろう。だから、どの素材の結晶状態が悪い部位がどこに、どのバルブスプリングに現れるかは特定できない。だから「全て交換」ということになった、という事情だと推測できる。