キノコの傘の部分の周縁が、円形の開口部に密着することで、燃焼室に開いた流路を閉鎖。そこから「軸」が上に伸びる。その先端、キノコで言えば石突きの部分をカム(回転しつつ、偏心した張出部分が接触している相手を動かす機構)が押すと、傘がシリンダーの中に向けて押し出され、流路が開く。文章で書くと面倒なようだが、原理としては非常に簡単な仕掛けである。

 吸気と排気、それぞれの行程が終わるとカムの形状に沿ってバルブは閉じる。閉じた後は、燃焼室とシリンダーの中で「圧縮」「燃焼~膨張」のサイクルが続く間、確実に密閉状態を保たなくてはならない。つまり、傘を円形の開口部にぴったりと押し付ける力が必要だ。その役割を担うのが「バルブスプリング」なのである。

開発と改良が積み重ねられてきたバルブ開閉機構

 バルブスプリングは、バルブの軸がシリンダーヘッドと呼ばれるエンジンの上部構造体を貫いて上に伸びたところに組み込まれて、常にバルブが閉じる方向に力を加えている。

「LS460」に搭載されているV型8気筒の1UR-FSE型エンジンの拡大写真。エンジンの内部を透視してあり、丸いピストンの上にバルブの丸い「傘」が見えている。そこから上に伸びる軸部(ステム)を包むようにコイルスプリング(黒く見える)が組み込まれている。これがバルブスプリング。その直上にあるカムシャフトのカム(白く光っている円盤状の部分)の膨らんでいる部分がバルブを押し下げ、バルブスプリングは押し縮められる。(写真提供:トヨタ自動車)
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 一般的なコイルスプリング(つる巻きばね。線材をらせん状に巻いた形)を使う場合は、バルブの軸に沿って組み込んであり、下側を壁(シリンダーヘッド上面)に固定し、上側がバルブと一体に往復運動する構造にしてある。そして、常に少し縮められた状態でバルブを閉じる方向に引っ張る力を加えている。カムに押されてバルブが開くと、バルブスプリングは押し縮められて反発力を強め、それがバルブを閉じる方向に戻す力として働く。

 先ほども説明したように4サイクルエンジンは、1連の燃焼サイクルを出力軸2回転で完了するので、このバルブスプリングを「押し縮めて」「伸びる」往復運動も、2回転に1回ずつ繰り返される。

 つまりアイドリングしている時でも毎分300~400回、高速道路を走っている状態で毎分1200~1500回、エンジンを回転限界まで思い切り回せば1秒間に50回かそれ以上の速さで、押し縮められては伸びる動きを繰り返す。もちろん、エンジンが回っている間は一瞬たりとも休むことなく、それが続くのである。

 エンジンが回転速度が速まり、速い往復運動が続く状態になっても、バルブが確実にカムの形に追従して開閉するように設計するのは、実は相当に難しい。そして、バルブスプリングも相当に強いバネでないといけない。それをわずか100分の1秒ほどの中で1センチ近くも縮める。そして伸ばす。バルブが踊ったり弾んだりするのはもっての他。

 このバルブ開閉機構は、機構設計としても、機能・強度・耐久性の確認についても、エンジンの中でも特に難しい部分の1つである。

 もちろんバルブスプリングという単純で小さな部品も、その大切な要素の1つとして、バネや金属材料の基礎に立ち戻って考えることを繰り返しつつ、開発と改良が積み重ねられてきた。

 コイルスプリングは、細いバネ鋼の線材を巻いて作られる。らせん状になっているものを押し縮めると、全体がたわむのは当然として、線材そのものはねじられる。そういう変形を何万回となく繰り返せば、金属といえども「疲労」が蓄積される。今日の乗用車が10万キロメートル走った時、バルブスプリングの伸縮は100万回単位で数えるほどになるのだが。

 それでも壊れないようにしたい、と技術者は考える。そのために、例えば素材の断面ひとつ取っても、普通のバネならば単純な円で済ませるところを、卵形にして巻いた状態で外側の断面のほうの曲率(カーブ)を大きくし、縮んでねじれる時に線材のどの部分も同じように力が加わるようにする手法も見出された。