人間の知的労働の価値そのものが下がっていく

 レポートはもうひとつの構造的矛盾を暴いている。国の税収は基本的に「人間が働いて得た収入」に課税して成り立っている。したがって、AIが人間の仕事を代替するほど、税収の基盤そのものが縮んでいくという点だ。

 レポートのシナリオでは、経済全体の稼ぎのうち働く人の取り分を示す「労働分配率」が急落する。1974年の64%から2024年の56%へと40年かけてじわじわ下がっていたものが、AIの急速な進化によってわずか4年で46%まで落ちる。歴史上最速の低下だ。

 この危機には、金融政策(金利の引き下げや国債の買い入れ)だけでは対処できないとレポートは指摘する。なぜなら今回の問題は「お金の流れが詰まっている」のではなく、「人間の知的労働の価値そのものが下がっている」ことだからだ。レポートの中でもとりわけ辛辣な一文がこれだ。「金利をゼロにしても、AIが月200ドル(約3万円)で年収2700万円の管理職の仕事をこなす事実は変わらない」。

 レポートは架空の政策提案にも触れている。AI推論計算への課税や、AIが生み出した収益から国民に配当する基金の設立などだ。しかし政治的な対立はどこまでも平行線で、「右はマルクス主義だと叫び、左は規制の骨抜きだと叫ぶ」。政策の速度が、AIの進化の速度に追いついていない──。これがレポートの最大の懸念である。

日本にとっても「対岸の火事」では済まない

 このレポートは米国経済を舞台にした思考実験だが、日本にとっても他人事とは言い切れない要素がいくつもある。

 第1に、日本のIT業界の構造だ。日本独特の「SIer」(システムインテグレーター)と呼ばれる受託開発企業群は、「人月単価×人数×期間」で料金が決まる労働集約型のビジネスモデルを基盤としている。

 レポートがインドのIT企業(TCS、Infosysなど)の崩壊シナリオとして描いた「人件費の安さを武器にしたビジネスがAIコーディングエージェントに代替される」という構図は、日本のSIer業界にもそのまま当てはまるだろう。

 日経ビジネスは「人月商売のITベンダーは死滅近し」と報じ、大手SIerのAI担当幹部でさえ「5年以内にシステム開発の自動化は可能」と認めているという。

 第2に、金融面のつながりだ。日本のメガバンクや生命保険会社も、運用利回りを求めて海外のプライベートクレジットへの投資を拡大している。EY Japanのレポートによれば、プライベートクレジットファンドの運用資産は今後5年で約3兆ドルに達する見込みだ。

 レポートが描くプライベートクレジットの連鎖的な損失が現実になれば、間接的に日本の金融機関にも影響が及ぶ可能性がある。

 第3に、「人手不足だからAI歓迎」という日本特有の楽観論の盲点だ。日本で深刻な人手不足に直面しているのは介護、建設、物流といった現場作業の領域だが、AIが真っ先に代替するのはオフィスワークの領域。解決すべき問題と、新たに発生する問題がずれている。さらに日本の解雇規制は米国のような急速な人員削減を防ぐが、「社内失業」の形で生産性低下が隠れるリスクもある。