なぜ19年の第二期無事績年が生じたのか?

伊藤:日本書紀は初代神武天皇の即位を紀元前660年と設定しています。この時代は縄文時代から弥生時代への過渡期で、初代天皇が存在していたとは考えにくい。つまり、日本書紀は本来よりも「歴史を長く見せるように年代を引き伸ばして記録する操作」が施されている。これが「紀年延長」です。

 実際に、日本書紀に登場する初期の天皇の多くは、軒並み寿命が100歳を超え、その治世も非常に長くなっています。かなり不自然です。

 私は、原日本紀は紀年延長操作されておらず、実年代に沿って書かれた歴史だったと考えています。それを基に、初代天皇の即位を紀元前660年という古い時代に遡らせて出来上がったのが日本書紀なのです。

──伊藤先生は独自の紀年復元法「原日本紀仮説による無事績年削除短縮法」を提案しています。まず、無事績年とは何でしょうか。

伊藤:無事績年は私が命名したものですが、歴代天皇紀において事績や事件、出来事がまったく記されていない空白の年のことです。無事績年は、紀年延長をしたため、つまり歴史を長く見せかけたために生じた「水増し期間」だと考えています。

 日本書紀における無事績年には、大きく分けて2つあると私は分析しています。一つは第19代允恭天皇以前の無事績年。これは約900年に及ぶ大量の年数で、初代天皇の即位を紀元前660年とするための紀年延長により生じた無事績年だと考えられます。これを、私は「第一期無事績年」と名付けました。

 その後、安康天皇、雄略天皇、清寧天皇、顕宗天皇については無事績年はなく、1年の欠落もなく歴史がつづられています。

『日本書紀』歴代天皇紀にみられる「無事績年」(提供:伊藤雅文、以下同)

 ところが、第24代仁賢天皇から第29代欽明天皇の治世では、19年という中途半端な無事績年がみられます。これが「第二期無事績年」です。

──なぜ19年の第二期無事績年が生じたのでしょうか。

伊藤:507年から525年の間、大和の仁賢天皇・武烈天皇朝と淀川沿いの継体天皇朝が並立していたと考えています。継体天皇が大和に入るのは治世20年目のことで、それまでの19年間は淀川沿いの宮を転々とされています。

 日本書紀によれば、仁賢天皇の治世は11年、武烈天皇の治世は8年で、合計19年です。そして第二期無事績年も19年。偶然とは思えない一致です。