ベトナムでは、文化財を国外に持ち出そうとする不届き者がいないか空港で厳重にチェックされる。骨董屋で高価なお気に入りの品を手に入れたとしも、見つかると少々面倒なことになることが少なくない。場合によっては容赦なく押収されてしまうこともある。

 なぜか?

 かつて東南アジアを植民地支配していたフランスやイギリスは貴重な文化財を根こそぎ持ち出した。そのため、現在、骨董的価値のあるものはあまり残されていない。数少ない文化財の国外への流失を防ぐために空港で厳重にチェックし、時と場合によっては没収、ということのようだ。

 だが、没収された文化財や骨董は再び骨董屋で売られるという構図があり、骨董屋の店頭に並ぶ高額商品は決して枯渇することはない。西欧でアジアの文化財は根強い人気がある。アジア各地の世界遺産の観光地には必ずと言っていいほど欧米人をターゲットとしたアンティークショップが軒を連ねる。

秘宝を求めて密林に

 私は以前、カンボジアに住んでいた頃、骨董商を営んでいた。そのため今も骨董屋を見つけるとついつい食指が動き、思わず店の中に吸い込まれてしまうのだ。

 骨董の魅力は、現代のものにはない個性とぬくもり、職人のものづくりに対する情熱、歳月を経過したものだけが持つ味わいとその由来、そしてなんと言っても同じモノが非常に少ないという希少性ではないだろうか。

 アンティークの多くは私が生きた年数よりも長くこの世に存在している。そして優れた名品は、かつて所持していた人に大切にされ愛されたという物語を秘めている。

 今から20年ほど前、フンセン首相率いるカンボジア政府軍が、ポル・ポト率いるクメール・ルージュを密林まで後退させて封じ込めた頃、私は一攫千金を夢見て、カンボジアに駐在する外国人向けに米国の回線を使った格安電話通信会社を営んでいた。また、東南アジアで仕入れた骨董を、主に京都や青山、鎌倉、横浜の骨董商に卸す商売も行っていた。