この本の結論に感じる違和感
──部族的な意識を否定したところに、近代の特徴があるのですね。
大澤:最後の章は「5年」です。現代ですね。ここで興味深いのは「ウォーク(Woke)」と呼ばれる人々に関する考察です。いわゆる「意識目覚めてる系」ですね。
Wokeの言説には矛盾や行き過ぎなどの問題が見られることにも触れながら、ザウアーは、基本的にはWokeのスタンスに肯定的であるように見えます。そして、政治的イデオロギーはそれほど本質的なものではなく、いくらでも変わるものだと世界各地で起きている政治的な分断を否定的に捉えています。

また、ザウワーは分断が発生する理由として、人々が身内びいきの部族主義に囚われているからだと説明しています。どの集団に属しているかという意識がアイデンティティの感覚を高めるのです。
こう考えると本質的な分断は存在せず、全人類に共通する道徳的価値観も見えてくる。身内びいきの感覚を克服すれば問題は乗り越えられる。これがこの本の結論です。
私はこの結論には違和感を覚えます。この本では時間の単位を区切って人類のモラルの変化を説明してきたのに、ホモサピエンスとしての特性(身内びいき)で現代の分断を説明している。
「5年」の問題を「50万年」の水準の要因で説明しています。現代的な問題には現代的な分析があるべきです。ホモサピエンスとしての特性が原因だとしたら、むしろ絶望的です。
いずれにしてもこれほどモラルというものを包括的に様々な学問を動員しながら考えるユニークな本はめったにありません。さまざまな批判的論点を思い起こさせるのも、これがいい本だからです。
大澤 真幸(おおさわ・まさち)
社会学者
1958年長野県松本市生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。社会学博士。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。『ナショナリズムの由来』で毎日出版文化賞を受賞。『自由という牢獄』で河合隼雄学芸賞を受賞。個人思想誌『「THINKING「O」』主宰。現在、「群像」誌上で評論「〈世界史〉の哲学」を連載中。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。