「50万年」で描かれている懲罰と協調行動

大澤:第2章は「50万年」です。ここでは「懲罰」について書いています。数十人を超える集団の協調行動は、懲罰によって人を飼いならす仕組みがあれば実現するという見方です。決まりを破った者に罰を与えれば、協調行動をとらないコストが大きくなります。

 ただ、この考え方も利他性の始まりを説明するには厳しい面があります。AさんがBさんにひどいことをして、それを見つけたCさんがAさんに罰を与えたとします。ここで問題になるのは、そんなことをしてCさんに何の得があるのかということです。

 罰を与えるという行動がそもそも利他的で、懲罰行動で利他性を説明しようとしても循環論法になってしまう。これもザウアーが悪いのではなく、現在の進化人類学の研究がここまでしか説明できていないのです。

 第3章は「5万年」です。ここでは「文化進化」を取り上げています。文化の進化と遺伝子レベルの進化が緊密に結びついているという考え方です。

 人類の進化の歴史には「累積的文化」という特徴があります。ある文化が生まれ、やがてその文化の上に次の文化が形成され、累積される形で発展していくという特徴です。

「遺伝子と文化は共振する」

大澤:人間以外の動物にも文化的な行動は見られますが、文化が累積するのは人間だけです。最近の研究では、累積的な文化と人間の生物としての性質の変化には緊密な連動性があり、遺伝子と文化が共進化すると言われています。

──文化と遺伝子が共に進化するのですか?

大澤:例えば、ホモサピエンスの脳が大きくなった理由の一つに肉食があります。

 人間の消化器官は生肉を扱うようにできていませんが、火を使って調理をすると食べられるようになります。その結果、消化器官は貧弱だけれど脳にエネルギーや栄養がいくようになりました。火を使うという行為、貧弱な消化器官、大きな脳という要素が連動する形で進化したのです。

 興味深い文化進化の要素として、ある行動を取っているのに、本人がなぜそれをやっているのか分からないという場合があります。

 オーストラリアに「ナルドー」と呼ばれるシダの植物があります。ただ、この植物には強い毒があり、毒を抜くためには調理方法に工夫が必要です。今ではその調理法がどのような意味で有用なのか、科学的にわかっていますが、昔の部族の人たちは、なぜそのような複雑な工程を経て調理するのか知らないままに、先祖伝来の複雑な調理方法を使ってナルドーを食べていました。

 なぜそのような不思議な知の伝承があるのか。ここで鍵になるのが「模倣」です。他の動物と比べて人間がずば抜けて上手いのは模倣です。