FAとは本来、球団が互いの動きを見極め、時間をかけて市場価値を形成していくプロセスである。期限を切ることで交渉が加速する一方、選択肢が狭まり、条件が歪められる可能性も否定できない。特に中堅層や負傷歴のある選手にとっては、不利に働く余地が大きい。
さらに言えば、FA市場の停滞は一部のスター選手に限った現象ではない。
大型契約が後ろ倒しになる背景には、球団側が慎重さを強めている現実もある。年俸総額の肥大化、将来的な負担、競争バランス――。そうした要素を精査した結果、決断が遅れているに過ぎないケースも多い。
つまりFA市場の「問題化」は制度そのものよりも、MLB全体の経済構造の変化を映し出している。期限設定というアイデアは、その歪みを矯正する処方箋なのか、それとも新たな摩擦を生む火種なのか。オーナー側と選手側の見解が鋭く対立する理由は、そこにある。
埋まらない溝
FA制度を巡る摩擦以上に労使対立を深刻化させているのが、サラリーキャップを巡る問題である。マンフレッドコミッショナー側は近年、球団間の年俸格差が競争バランスを大きく崩していると主張してきた。ドジャースやメッツのような大都市球団が潤沢な資金力を背景にスター選手を集める一方、中小市場の球団は戦力補強に構造的な制約を抱え続けている。その格差が恒常化しつつあるという認識だ。
オーナー側にとって、サラリーキャップは単なるコスト抑制策ではない。リーグ全体の均衡を保ち、長期的な経営安定を確保するための「制度的な歯止め」として位置づけられている。実際、プロ化された北米の他競技ではキャップ制が一般化しており、MLBだけが例外であり続けている現状に疑問を呈する声も根強い。
しかし、選手会はこの議論を正面から否定する。MLBが他競技と異なる発展を遂げてきた理由の一つは、年俸に上限を設けない完全市場制にあった。選手はキャリアの初期段階で厳しい拘束を受ける代わりに、一定年数を経て市場に身を委ねる権利を得る。その自由競争こそがスターを生み、リーグ全体の価値を押し上げてきたという自負がある。
13年3億3000万ドル(約520億円)のメガディールを締結しているMLBスーパースターのブライス・ハーパー(フィラデルフィア・フィリーズ)は、昨年7月のレギュラーシーズン中にフィリーズ本拠地シチズンズ・バンク・パークのクラブハウスを訪問したマンフレッドコミッショナーと対立。市場原理に基づく高額契約こそが実力の証明であると主張し、サラリーキャップ制導入に対し公然と異を唱えた。
この対立をさらに複雑にしているのが、年俸調停制度を巡る緊張だ。本来、調停はFA取得前の選手にとって、球団と報酬を巡る妥協点を探るための仕組みだった。しかし近年では調停額そのものが急騰し、実質的な「準FA市場」の様相を帯び始めている。選手側は実績と市場価値を前面に押し出し、球団側は抑制を図る。その差は年々拡大している。