二人の出会いは?
セツがハーンのもとで、住み込みで女中として働くようになったのは、翌明治24年(1891)2月初旬頃で、これが二人の出会いだと考えられている(小泉八雲記念館『小泉セツ ラフカディオ・ハーンの妻として生きて』)。
セツは23歳、ハーンは41歳の時のことである。
ドラマでも描かれたように、ハーンはセツの手足が華奢ではないため、「節子(セツ)は百姓の娘だ」、「手足が太い」、「士族でない」などと言ったとされるが(桑原羊次郎『松江に於ける八雲の私生活』)、やがてハーンはセツを、ただの住み込み女中ではなく、「妻」と位置づけるようになる。
武家の娘として優れた教養を身に付け、家族を守るため苦難に毅然と立ち向かうセツに惹かれたのだろう。
一方でセツは、はじめからハーンに好印象を抱いていたようである。
後年、セツは長男の小泉一雄に、ハーンにはじめて会った時の印象を語っている。
それによれば、セツは、ハーンの目が悪いことは聞いていたため、彼が独眼でも、特に驚かず、ただ痛々しく感じた。
セツには、ハーンの独眼が柔和な光あるものに見え、彼の切立った形の広い額から、セツは彼が賢い人であることをすぐに悟ったという(小泉一雄『父小泉八雲』)。
年齢の差や国籍、言葉の壁を越えて、二人は惹かれ合ったのだ。
ハーンはセツの多くの親族を扶養することも、喜んで引き受けたという(E.スティーヴンスン著 遠田勝翻訳『評伝ラフカディオ・ハーン』)。
ハーンとセツは松江藩士・根岸家の武家屋敷(松江市北堀町)を借り、同年6月に居を移した。
この屋敷は国指定史跡「小泉八雲旧居(ヘルン旧居)」として、現在も保存されている。
転居先で、「夫婦」としての生活をスタートさせたハーンとセツだが、この頃はまだ「内縁の妻」のような関係だったようである(高瀬彰典『小泉八雲の世界―ハーン文学と日本女性―』)。