実際、この日のリヤド大会のリングでは、その“前提条件”も整えられた。メインの前に行われたセミファイナルで、中谷はスーパーバンタム級転向初戦に臨み、WBC同級10位のセバスチャン・エルナンデス(メキシコ)と12回戦を戦った。結果は3-0の判定勝ち。スコアは115-113が2者、118-110が1者と、内容的には決して楽なものではなかったが、無敗同士の一戦を制し、階級アップ初戦を白星で終えた意義は小さくない。

 戦績は中谷が32勝(24KO)、エルナンデスが20勝(18KO)1敗。井上戦への“プロローグ”としては、一定の説得力を持つ結果だった。

12月27日、スーパーバンタム級12回戦でセバスチャン・エルナンデスを攻める中谷潤人=リヤド(写真:ゲッティ=共同)

 しかし、ここに来て、その構図が揺らぎ始めている。理由は単純ではない。むしろ複数の要因が重なり合い、井上の「次」を複雑なものにしている。

現時点での井上vs中谷戦は「もったいない」の声も

 まず大きいのは、井上自身のフェーズの変化だ。

 スーパーバンタム級で4団体を統一し、主要な挑戦者をほぼ一掃した現在の井上は「防衛を重ねる王者」ではなく、「キャリアの行き先を選ぶ存在」になった。30代に入り、減量の負担は確実に増している。バンタム級時代から常に限界まで体を絞り続けてきた選手にとって減量はもはや技術ではなく、消耗そのものだ。

 関係者の間では「想像以上にフィジカルの仕上がりが早かったことで、逆に階級アップが現実味を帯びた」という見方もある。普段は60キロを超える体重を維持する井上にとって、スーパーバンタム級に留まり続けることが最適解なのか――。その問いは、極めて現実的だ。

 もう一つの要素が、中谷潤人という存在の「使いどころ」である。中谷はPFP級の評価を受ける希少な日本人ボクサーであり、サイズ、スピード、耐久力を兼ね備えた逸材だ。ここで井上と戦い、仮に一方的な結果に終わった場合、その価値を過度に消耗させてしまうのではないか――。そうした「もったいなさ」を指摘する声は、国内外で少なくない。