西周の洋学転身の本質
西周の洋学への転身は、単なる個人的な知的好奇心の発露ではなかった。それは、ペリー来航によって突きつけられた国家的危機に対する、一人の知識人としての強い使命感に裏打ちされた戦略的行動であった。
西は、国内での学習を通じて、西洋知識の吸収に努めたが、その知識の源泉であるヨーロッパへ直接渡り、より体系的な学問を修めることを熱望するようになるのは、必然的な帰結であった。次なる舞台は、オランダのライデンであり、西の知の探求は、新たなステージへと向かうことになるのだ。
次回は、西周のオランダ留学について、留学実現に至る経緯や苦難、フィッセリング教授との出会いと思想的深化、さらに、西が獲得した新たな国家ビジョンを探り、いかにして最初の近代日本人・西周が誕生したかについて追っていこう。


