メルケル前と後で生じた分断

 もっとも、ポスト・メルケル時代となった2022年以降、毎年+0.3%ポイント〜+0.4%ポイントのペースで失業率は上昇している。これは鉱工業生産の鋭角的な減少とも平仄が合う。

 2000年以降のドイツ経済史はメルケル前とメルケル後で分断が生じていると言っても過言ではない。中国やロシアに依存し過ぎたツケ、理想主義に溺れた脱原発、急旋回し過ぎた移民政策など、メルケル政権の負債を現在のドイツ政治が支払っている構図にある。

 こうしたドイツ一人負けとも言える状況が続いた場合、ECB(欧州中央銀行)の金融政策運営に対する影響も気がかりである。

 四半世紀しかないECBの歴史を振り返ると、ドイツとドイツ以外の経済格差は常に障害となってきた。2009年以降に勃発した欧州債務危機の遠因は2000年代前半、「不調のドイツ」に合わせて金利の低位安定を図ったことで、南欧を中心とする周辺国で過剰な投資を招いたことにあった。

 片や、欧州債務危機後の長期低迷局面では「不調のドイツ以外の加盟国」に合わせて低金利を維持した結果、「好調のドイツ」はECB政策理事会でそのタカ派色の強さからたびたび孤立した。

 ドイツ連銀総裁やドイツ人のECB理事が抗議の意思を込めて相次いで任期途中で辞任したのもこの頃だ。ドイツとそれ以外の加盟国では地力が違い過ぎることもあり、大きな摩擦が定期的に起きるのである(それは要するに最適通貨圏(OCA)ではないということも示唆している)。