こどもと家族を描き始める

《花と少年》1931年 ふくやま美術館

 徳三郎は「鰯の徳さん」の異名をとるほど魚の主題にのめり込んでいたが、ある日息子が持ち帰った金魚を見て、心境に変化が生まれる。より広く日常の風景に題材を得るようになり、こどもたちの自然な姿を捉えた作品が増えていった。

 徳三郎は自身のこどもを描くことについて、こう語っている。「実は私の子供が近処から金魚を貰つて来たのを見て、私は何だか急に気が晴れたやうになつて、大げさに云へば、釈然としてそれを眺めてゐました。それから、その他愛のない金魚を描いて見て行く中に、だんだん私は気軽くなりました。」(小林徳三郎「作画漫筆」『セレクト』1巻6号(1930年6月)より)

 絵を描く対象が家族だと気安く、格式張らずに制作に向かうことができる。息子の姿を描くことには、そうした利点もあった。

2点の《金魚を見る子供》が必見

《金魚を見る子供》1929年 広島県立美術館

 こうして誕生したのが代表作《金魚を見る子供》。徳三郎の息子・輝之助が金魚鉢に入った金魚を飽きることなく眺める様子を描いた作品だが、展覧会には2点の《金魚を見る子供》が出品されている。

 1点は広島県立美術館が所蔵する《金魚を見る子供》。1929年の制作で、以前から徳三郎の代表作として名高い。

 もう1点は1928年に描かれた《金魚を見る子供》。1929年に洋画団体「春陽会」第7回展にて発表され、春陽会の重鎮・山本鼎から「傑作です」と称賛されたという。その後、某企業の応接室に飾られていたが、いつしか行方が分からなくなってしまった。だが幸いなことに、2025年春に所在が判明し、東京国立近代美術館の収蔵品に。修復作業を経て、この展覧会が久々のお披露目となる。

 両作品の制作時期には約1年の間隔があり、1929年作(広島県立美術館蔵)のほうが、輝之助の表情が大人びて見える。この機会に見比べを楽しんでみたい。

 晩年は自然に興味をもち、海や渓流などの風景を死の直前まで精力的に描いた小林徳三郎。晩年の作品にも徳三郎ならではのぬくもりがあふれていて、うれしくなってくる。寒い冬の季節に、心をあたためてくれる展覧会だ。

「小林徳三郎」
会期:開催中~2026年1月18日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
開館時間:10:00~18:00(毎週金曜日は〜20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし1月12日は開館)、年末年始(12月29日〜1月2日)
お問い合わせ:03-3212-2485
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202511_kobayashi.html