「徴兵令」復活の抑止効果と限界

 なぜ欧州各国は、「冷戦時代の遺物」として忌み嫌ってきた徴兵制を慌てて復活させたり、あの手この手で兵員の大量確保に血道を上げたりして、ロシアの脅威に備えようとしているのか。これにはウクライナ戦争で痛感した「最後は将兵の頭数がモノを言う」という軍事学の古典的とも言うべき大原則が効いているようだ。

 ウクライナ戦争勃発以前まで、世界の軍隊、特に地上軍(陸軍や海兵隊)は、「少数精鋭」がもてはやされていた。

 兵器は年々複雑・高度化し、IT、ネットワーク、AIは必須。軍事用語で言う「C4ISR(指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察)」に従い、空母から戦車、戦闘機、大砲、果ては歩兵が携行する小銃に至るまで、壮大な戦場ネットワークの端末・センサーとして機能する──という構想だ。

 これらを使いこなす兵士たちは、ITリテラシーに秀でたプロフェッショナルが求められ、必然的に少数精鋭となる。逆に「知力よりも体力で、銃剣突撃をものともしない筋肉質」という、かつての歩兵にうってつけだった人材は敬遠された。

 また自分の意思で望んだ志願兵は総じてモチベーションが高いが、法律で仕方なく入営した徴集兵のモチベーションは概して低く、士気の面でも課題が多い。

 だがウクライナ戦争では、世界中の軍事専門家の予想を大きく裏切り、「IT・AI戦争」というよりは、むしろ時計の針を1世紀ほど巻き戻した第1次大戦を彷彿とさせる「人海戦術」「肉弾戦」「塹壕戦」が主軸となっている。

 高性能のミサイルや、ドローン(無人航空機)の急速な進化により、これまで戦場を支配した戦闘機や戦車・装甲車が大損害を被って鳴りを潜めた結果、現在は戦場での雌雄を決するのは歩兵戦というのが実情だ。

 英国防省の推計では、ウクライナ戦争でのロシア軍の累計死傷者は100万人規模に達したとされる。日々数百~千人規模の死傷を出しているとの見立てもある。

 それでもロシアは依然としてウクライナ方面に投入する兵力60万人以上を維持し続ける。しかも準軍隊も含めた総兵力は150万人を軽く超え、予備役も150万人に達すると見られる。

 これほどの死傷者を出しながらも、なおマンパワーを保持し続ける底力には驚かされるが、米CNNの報道(2023年)によれば、ロシアのショイグ国防相(当時)は動員可能人数を「2500万人」とした。

 このような文字通りの「人海戦術」、消耗戦を厭わないロシアと西欧が対峙するには、同様の規模の兵員動員数が不可欠で、換言すれば、大規模兵力を見せつけない限り、プーチン氏の野望をくじくことは困難だとも考えられる。

 ちなみに、アメリカ、カナダ、トルコを除く、いわゆるNATOの欧州加盟国の総兵力(準軍隊を含める)は約202万人、予備役約108万人。総兵力で50万人ほどロシアを上回るが、「潜在的に動員可能な人数2500万人」に対抗するためにも、さらなる兵員の確保が急務と考えているのだろうか。

 とにかくロシアに対して抑止力を働かせ、侵攻作戦の実施を思いとどまらせることが重要だが、プーチン氏にこうした欧州側のけん制が通じるか否かは不透明だ。

 将来的に、ロシアが例えば欧州平原を中央突破とばかりにポーランド、ドイツへと西進することは考えにくいが、巷間うわさされるバルト三国への侵攻は十分に考えられる。

 果たしてNATOの欧州加盟国が続々と復活させる「徴兵令」は、プーチン氏の次なる野望を止めることができるだろうか。

最終的に戦場では兵隊の数がモノを言う。訓練に励むドイツ連邦陸軍(写真:ドイツ連邦軍Facebookより)