右と左のポピュリストがしのぎを削る米政治
橘:プライベートバンクUBSの「世界の富裕層」レポートによると、アメリカでは100万ドル(約1億5000万円)以上の純資産を持つミリオネアが世界の約40%、2400万人もいます。このひとたちをみな世帯主として概算すると、なんと5世帯に1世帯が億万長者です。アメリカは「失敗国家」のようにいわれていますが、人類史上もっとも豊かな社会をつくりあげたのです。
これほどミリオネアが増えた理由は、地価の上昇です。最近のアメリカ都市部での地価上昇は著しく、持ち家の資産価値が膨らんでいますが、皮肉なことにこれが世代間格差を広げています。都市部の(リベラルな)高齢者は運がいいだけで金持ちになり、自分たちはその富から排除されていると感じれば、若者の絶望感はさらに深くなるでしょう。
マムダニ旋風はリベラルが保守派に勝ったのではなく、民主党内で左派(レフト)が中道リベラルに圧勝したという現実を反映しています。
中道リベラルの中核支持層は社会的・経済的に成功した高学歴エリートです。彼ら/彼女たちは「メリトクラシーによって差別のない社会をつくる」という理念を信じてきました。
ところがこれを逆にいうと、「みんなが平等な社会で成功できないのは自己責任」になります。社会が平等になればなるほど、自己責任の論理が強まるのです。
歴史物理学者のピーター・ターチンが『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』(濱野大道訳/早川書房)で指摘したように、大卒の肩書をもつ「エリート」を大量生産した結果、いまや「自分らしく生きる」という夢を奪われた(自称)エリート予備軍たちが、リベラルのきれいごとに“NO”を突きつけています。
アメリカの右派ポピュリズムの票田は、知識社会から脱落した非大卒の白人労働者階級で、トランプのMAGA運動に共感して大きなうねりを起こしました。それに対して左派ポピュリズムの票田は、高度化する知識社会の競争に敗れた若い高学歴層でしょう。
アメリカでも大学やメディア、政府や経済界の中核にいるのはリベラルなエリートですが、いまではこの層が右と左から偽善性を攻撃されて機能不全になっている。これが「リベラルの敗北」です。
これまでは右=トランプばかりが注目されましたが、マムダニ旋風で左からの強い圧力が顕在化したことで、アメリカ社会はさらなる混乱と分断に翻弄されると予測しておきましょう。