今後の仮想通貨業界を占う上でも重要な1冊となる、マイケル・ルイスの『1兆円を盗んだ男』(筆者がGeminiで生成)
(小林 啓倫:経営コンサルタント)
稀代のノンフィクション作家、マイケル・ルイス。彼の最新作は、米国の起業家サム・バンクマン・フリード(SBF)と、彼が創設した仮想通貨取引所「FTX」の破綻をめぐる物語『1兆円を盗んだ男』である。筆者はその日本語版の翻訳に携わったのだが、今年12月にその文庫版が発売された。
実は文庫版には、新しい章が追加されている。原著のペーパーバック版で追加された「あとがき」を訳出し、巻末に収めているのだ。
2025年末に入り、仮想通貨界隈は再び不穏な動きを見せている。本書にも登場する、仮想通貨取引所バイナンスの創業者チャンポン・ジャオ(CZ)(米国の資金洗浄規制違反で有罪となっていた)に対するトランプ大統領の恩赦や、ビットコインの史上最高値更新からの歴史的暴落(最高値から約30%の下落)などである。
これらのポイントから、「本書をいま読むべき理由」について語ってみたい。
SBFとは何者だったのか
仮想通貨取引所FTXの破綻は米国で大きく報道され、ルイスの著作も大きな注目を集めたのだが、日本人にとっては正直なじみのない事件だろう。
サム・バンクマン・フリード、略してSBFは、天才的な頭脳を持つトレーダーだった。そこで得た利益を元手に、世界有数の暗号資産取引所FTXを創業したが、彼は顧客から預かった資金を、同じく自分が関わる投資会社アラメダ・リサーチに秘密裏に流し、巨額の損失補填や投資に使っていた。
取引所の資金と自社の資金の境界を曖昧にし、顧客のお金を勝手に運用していたのである。
2022年11月、この不正が明るみに出てFTXは破綻。数百万人の利用者が資産を引き出せなくなり、SBFは史上最大級の金融犯罪の中心人物として逮捕された。
検察はFTX破滅の原因を、SBFが抱いていた「強欲」にあると見なした。しかし本書は、それとは別の視点を示している。それはSBFの「何事も期待値(Expected Value)に基づいて考える」という異常性だ。