消えたはずの80億ドルと、単純化された真実
事件当時、破産管財人はSBFの投資を「無価値」と断じた。特にAI企業Anthropicへの5億ドルの投資や、Solanaトークンはゴミ同然とされた。
もっとも、Anthropicについては、いまではChatGPTを擁するOpenAIのライバルと呼べるほどの存在に成長している。Solonaの価値についても、2022年末の時点では1トークンで約9ドルだったものが、現在は130ドルを超えている。つまりSBFの投資は、大成功を収めているのだ。
追加された「あとがき」で、マイケル・ルイスはこう説明している。
2024年5月7日、ジョン・レイ(SBF逮捕後にFTXのCEOになった人物)はデラウェア地区連邦破産裁判所に対し、87億ドルの顧客預金不足に対して、FTXが現在約145億ドルから163億ドルを保有していることを明らかにした。正確な金額がどうであれ、それはすべての預金者と他のさまざまな債権者に対し、少なくとも1ドルあたり118セントを支払うのに十分な額だった──つまり2022年11月に資金を失ったと思っていたすべての人が、利息付きで全額を取り戻せることになる。被害者は全額どころか、金利をつけて返金されることになったのだ。
ルイスは強烈な皮肉を突きつける。SBFを刑務所に送り込んだ検察や破産管財人たちは、SBFが先見の明を持って投資していた、ルイスが言うところの「ドラゴンの財宝」を切り売りすることで、英雄的な資金回収を成し遂げたのだと。
この事実は、彼を単なる「詐欺師」と断罪する世間の物語に疑問を投げかけるものだ。そしてルイスは、SBFの裁判そのものが「真実の追求」ではなく「物語の再構築」の場だったと指摘する。かつての側近たちは、自らの罪を軽くするために検察と取引し、SBFを「すべての悪の根源」として描くように証言したのだと。
実際、この物語で起きた多くの出来事は、もちろんFTXの創業者たちに責任を問うべきものであるが、同時に規制当局やベンチャーキャピタリスト、暗号資産業界の文化、さらには巨額の資金にあっという間に群がりながら深く問うことのなかった世の中そのものの問題も浮き彫りにしている。
ルイスが「あとがき」に追加したこの文章は、SBFの物語は彼の逮捕によって終わりを迎えたのではなく、彼はまだ亡霊として、仮想通貨業界の闇を象徴する存在として佇んでいることを指摘していると言える。