CZ復権が示す仮想通貨業界の残酷なルール

 2025年のもう1つの大きなニュースは、バイナンス創業者CZの復権だ。『1兆円を盗んだ男』は、SBFとCZの間にあった知られざる「冷戦」の記録でもある。

 SBFはCZをこう評していたという。

 彼はちょっと嫌な奴だけど、それ以上ひどくはない。素晴らしい人物にもなれるのに、そうはならない。

 しかし、この「嫌な奴」こそが、たった1つのツイートでFTXを崩壊させた張本人だった。2022年11月6日のCZの投稿がこれだ。

 昨年のFTX株式からの撤退の一環として、バイナンスは現金にして約21億米ドル相当の仮想通貨(BUSDとFTT)を受け取った。最近明らかになった事実を踏まえ、当社では帳簿に残っているFTTをすべて清算することを決定した。

 この一言が、FTXへの取り付け騒ぎの引き金を引いた。なぜCZはこのような態度に出たのか? 本書では、SBFがドバイで規制当局に対しバイナンス排除を働きかけていたこと、それがCZの逆鱗に触れたことなど、FTX崩壊に至るまでの両者の暗闘が生々しく描かれている。

 いま、CZが恩赦され再び力を持つようになったことは何を意味するのか。それは、仮想通貨業界において「勝者」とは「最も倫理的な者」ではなく、「最後まで生き残った者」でしかないという現実だ。

 本書を読めば、CZもまたSBFと同じ穴のムジナ、つまり規制の隙間を縫い、莫大な富を築いた冷徹なプレイヤーであることがわかる。

 そして文庫版「あとがき」における最大の衝撃は、「FTXの顧客資金は失われてなどいなかった」という点だろう。