「許されるべきでない」故・木谷弁護士の遺志

 こうした一連の経過を受けて、洋子さん側はことし1月末、港区の職員や病院の関係者を有印私文書変造・同行使の疑いで東京地検と警視庁に刑事告発した。成年後見人を必要とするほど認知能力が低下していないにもかかわらず、港区が行政権限で成年後見人の選任を家庭裁判所に申し立てた際、文書の変造が行われたと疑いがある、としたのである。

 洋子さんらの訴えに耳を傾け、刑事告発の準備を進めていたのは、最高裁調査官や東京高裁部総括判事などを歴任した元裁判官の木谷明弁護士だった。木谷氏は裁判官時代、検察側の証拠を厳しく吟味し、30件以上の無罪判決を出したことで知られる。しかし、告発状を完成させる直前の2024年11月下旬、木谷弁護士は86歳で他界した。

 故・木谷弁護士が完成間近まで深く関わった告発状の中では、次のように記されている。

『事態をこのまま放置した場合、本件のような行政機関の行動を今後も阻止することができないことを意味する。要するに、行政機関がその気になりさえすれば、社会生活が十分可能な老人を、「いわゆる禁治産者」として社会から突如抹殺することが事実上可能となってしまうのである。まことに恐ろしいことといわなければならない。そのようなことが許されるべきでないことは、多言を要しないであろう』

『本件告発の目的は、直接的には、本件犯行を実行した行政機関及び病院関係者の処罰を求めることにあるが、間接的には、そのような行政機関の行動に対し警鐘を乱打し、今後の同種違法行為の発生を阻止することにもある』

故・木谷弁護士が用意していた告発状①
故・木谷弁護士が用意していた告発状②
故・木谷弁護士が用意していた告発状③

 当の港区は「適切に法律に基づいて行っている。個別事案については個人情報保護の観点からこの場では話せない」(清家愛・港区長、ことし1月の記者会見)としか語っておらず、それ以上の説明は拒んだままだ。

 洋子さんの父は、港区のこうした対応に憤りが消えない。

「入院させられた時は何を言っても誰も相手にしてくれなくて、死ぬほど苦しかった。こんなのは民主国家のやることではない」

 洋子さんは、連れ去られた父の収容場所を見つけるため、100件以上も電話を掛け続けた日々を思い出しながらこう言った。

「もしも、父親の居場所を見つけることができなかったら、『本当は父には後見が必要なかった』という事実は闇に葬られるところでした。私たち親子は一生再会できなかったと思います。この冷酷な仕打ちが、行政のやることでしょうか」

◎「高齢者の連れ去り事件」の連載は、調査報道グループ「フロントラインプレス」がスローニュース上で発表した記事を再構成し、その後の情報を付け加えるなどしてまとめたものです。事案の詳細はスローニュースで読むことができます。
https://slownews.com/menu/291166