「区長権限の後見人申し立ては無効」裁判で完勝、それでも…

 洋子さんは港区の姿勢に大きな疑問を持った。しかも、どこの施設に収容したかも教えられないという。

 これは、いったい何なのか? 

 父の所在が分からなくなった洋子さんは都内の病院や施設に電話をかけまくる。ついには、都外にまで電話の範囲を広げた。そしてダイヤル先が100件ほどになったころ、なんと、父は埼玉県川口市の精神科病院に入院させられていることが判明した。

 洋子さんは弁護士を立てて病院側と交渉し、父との面会許可を得た。面会が実現したのは2022年7月である。連れ去りから4カ月ほどが過ぎていた。

 病院では、まず弁護士が父と面会した。それを終えた弁護士は「お父さんは『娘と会いたい』と言っています。認知症でも精神障害者でもない。なぜ、この病院にいるのかわからない」と言う。そして、その日のうちに自宅へ連れ帰った。

父を奪還した際の1枚。左から洋子さん(仮名)、父、支援者

 それでも、港区の異様な対応は変わらない。

 父の退院後も、港区が成年後見人の申し立てを取り下げないのである。そのため、いったんは、父の成年後見人が東京家裁によって選任されてしまった。父に顕著な認知機能の衰えはない。これに対し、洋子さん側は港区を相手取り、区長権限による後見人の申し立ての取り下げを求める訴訟を起こした。結果は、洋子さん側の完勝だった。

 成年後見制度では、当事者の判断能力は3類型に区分されている。重い順に「後見」「保佐」「補助」である。裁判所の判決には「後見を開始する要件を満たしていない」「(成年後見人が)特に必要があると認められる事情も存しない」といった文言が並んだ。

 つまり、洋子さんの父は「後見」に該当せず、区長権限による後見人の申し立てには、何ら根拠がなかったと判断されたのである。

 最高裁判所の資料によると、成年後見の申し立てが却下される割合は全体の0.3%しかない。この決定はまさに異例だった。