横領は男のためでなく自分のため──リアル「黒革の手帖」事件
『黒革の手帖』といえば、少し前に、“リアル黒革の手帖”と騒がれた事件があった。三菱UFJ銀行の支店の貸金庫から顧客の金塊や現金を盗み、元行員が逮捕、起訴された事件である。
3億9000万円を超える巨額の被害が出たとして、2025年10月に東京地裁は山崎由香理被告に、懲役9年の実刑判決(求刑・懲役12年)を言い渡した(その後、控訴)。
実は『黒革の手帖』が書かれた時代(1978年から連載開始)にも、女性銀行員による横領事件が複数起きていた。実在の事件を取材して小説を書くことが多かった松本清張の念頭には、これらの事件があったのではないかと言われている。
しかし、昭和と令和には大きな違いがある。昭和の横領事件をおこした女性銀行員らは、男性に貢ぐために横領していた。彼女たちが横領した金は、交際相手の男性に渡っていたのである。対して令和の山崎被告は、自分のFXや競馬などのギャンブルのために横領していたことが裁判で明らかになっている。
男のためか、自分のためか。松本清張の『黒革の手帖』の元子がどうだったかといえば、横領した金は、銀座で店を開くための開業資金だった。「自分のため」に金を使ったわけであり、令和の横領事件こそが、リアル『黒革の手帖』であるゆえんである。この点ひとつをとっても、昭和の作家・清張の描く女性は、時代を先取りしていたと思える。