政党から報酬をもらって仕事をするということ

 ところで、政党と一線を画するという観点でいえば、筆者は、基本的に政党の政治活動では、有償で、対価の支払いを受ける形で、かつ都度の単発の企画しか受けてこなかった。

 つまりコンサルティングのような反復継続的な仕事はお断りしているし、そうしてきた。過去に広報関係の打診を受けたこともあるが、そのような反復継続的な業務は固辞している。

 普通に生活していると想像しにくいかもしれないが、そもそも有償で仕事として政党と付き合う、つまりビジネスとして政党と付き合うとはどういうことだろうか。

 それは要するに、政党に対して役務を提供し、その正当な対価として支払いを受けていると解釈することができる。たとえば講演を行って、その内容に対して報酬を得る。発注と納品で関係は完結していると見なすことができる。したがって継続的な利害関係は生じない。この点が重要だ。

 逆に、無償で政党に役務を提供することの意味とはどのようなものだろうか。

「ノーギャラだからこそ忖度なく仕事ができる」などという者もいるが、この点、少し頭を冷やして冷静に考えたい。もしかして、それらの人物は「対価が生じる仕事では忖度した仕事しかできない」のだろうか。そうであれば、職業倫理の欠如を告白しているに等しい。

 またノーギャラということは、一種のボランティアである。ボランティアで特定の政党を応援しているということになりかねないだろう。

 なお選挙運動は、一部例外が認められるものの、原則として、無償で関わることになっている。したがって、筆者は基本的に選挙運動にも関知しないことにしている。

 いずれにせよ、無報酬という制約の下では、わかりやすい支持者か、強く応援しているということを周知したい場合、宣伝したい事項があるような場合だけに制限されてくるように思える。

 したがって「無償」という言葉の表面上の清潔さに惑わされてはならないというのが筆者の考えだ。それどころか、むしろ関係性明示の下での有償関係のほうが、よほど透明で健全な場合もあるのではないか。さらに言えば、継続的な無償の役務提供は、政治資金規正法上の「寄附」と見なされるリスクすらあり、法的にもグレーゾーンといえよう。

 本来、専門家として分析や評論は、有償無償にかかわらず、事実と論理に基づいて行われるべきものであるはずだ。報酬の有無で内容の公正性が変わるようでは、そもそもプロとしての資格が問われるのではないか。

 また、反復継続的な仕事を避ける理由も述べておきたい。