戦時体制に有用だった八雲の日本人論

大塚:キリスト教であれば、個人が亡くなれば、その個人が神のもとへ行きますが、日本では人が亡くなると、その人は先祖という集合霊に統合されていく。個が未分化であることを霊魂の集合性という理屈にしています。

 これは、戦争で亡くなった方々を個人で考えるのではなく、英霊という集合霊として扱う靖国神社の合祀という考え方にも重なります。

 死者を英霊という集合霊として扱う戦時下のイデオロギーに、ローウェルから連なる八雲の日本人論は有用でした。日本人が日本人を肯定する理論を外国人の八雲に求めたということです。

 八雲を読んだことのない人は、八雲を日本の小さな神々に耳を傾け、「日本すごい」と言った外国人だとなんとなく思い込んでいますが、彼の本は戦時下に日本の礼賛者であるというイメージのもとに読まれたものです。

『八雲と屍体』という思わせぶりな本書の題名には、新聞記者時代の死体記事のライターである八雲がたどり着いた日本で、戦争における「死者」をめぐる戦時下の言説として政治利用されたという二重の意味が込められています。

大塚 英志(おおつか・えいじ)
まんが原作者・小説家
本書に関連するまんが原作として『八雲百怪』(森美夏作画)、『くもはち 偽八雲妖怪記』(山崎峰水作画)、『くもはち。』(西島大介作画)、小説として『八雲百怪異聞』『くもはち』。評論として『「捨て子たち」の民俗学 柳田國男と小泉八雲』(角川学芸賞受賞)がある。

長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。