オンプレミスでは大きな市場は取れない

 汎用モデルではまだ微妙に性能が足りないからといって、特定企業向けに小さな特化型モデルを一から作り込む。

 既にあるAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を使えばそこそこできることを、わざわざ自前のモデルで再発明してしまう。

 企業が自前でサーバーやソフトなどのITインフラを保有・管理する「オンプレミス」でしか動かない専用AIを、数年かけて構築しようとする。

 AI専門家として正直に言いますが、こうした取り組みは「頑張った割に報われにくい世界」になりつつあります。

 投入した人件費、時間、設備投資の割に、出てくる価値が小さくなりやすいのです。

 もちろんニッチを掘ること自体は悪いことではありません。

 世の中には、どうしても汎用モデルではカバーできない用途がありますし、そこを狙って成功している企業も存在します。

 ただし、その世界に閉じこもってしまうと、インフラとアプリの両端に比べて長期的な成長余地はどうしても小さくなる、という構造は理解しておく必要があるのです。

 過去を振り返れば、専用ワープロや独自OS付きのガジェットを作り続けた企業が、最終的に「Windows」とブラウザベースのアプリケーションにのみ込まれていった歴史があります。

 一時的には良く見えるのですが、より効率の良いインフラと、それを前提にしたアプリが出てきた瞬間、競争力を失ってしまうのです。

 具体的な事例として、エンジニア向けAIエディタを提供する「Cursor」を開発した米エニスフィアというスタートアップがよく引き合いに出されます。

 創業から短期間で高い企業評価額をつけられ、売り上げとユーザー数を一気に伸ばしました。

 面白いのは、彼らが独自の大規模モデルを自前で開発していたわけではないという点ではないでしょうか。

 やったことをざっくり言えば、OpenAIなどが提供する既存のAIインフラのAPIを徹底的に活用し、エンジニアが本当に欲しかった「コーディング体験」に落とし込んだことです。

 つまり、彼らはAIインフラ側には一円も投資していません。

 誰かが莫大な資本を投じて作ってくれたインフラの上に、最短距離でアプリケーションを築き、その価値を世界中の開発者に届けたのです。

 この構図は、インターネット時代にグーグルが回線を引いたわけでもなければ、アマゾンが電線を張ったわけでもないのと同じです。

 電力会社や通信キャリアが提供するインフラに、アプリケーションを乗せた側が、最終的に巨大企業になりました。

 AIの世界も全く同じ図式になるでしょう。