ステーブルコインで生まれる新たな収益源

 日本は長期間にわたる超低金利政策の下で、銀行の伝統的な収益源である利ざや(貸し出しと預金の金利差から生まれる利益)が縮小し続けてきた。そこにフィンテック企業の登場による競争の激化が加わり、前述のように、決済手数料収入も減少リスクに直面している。

 銀行はいま、「従来のビジネスモデルだけでは成長の限界が見えている」という危機感を持っている。

 そんな中、ステーブルコインの発行は、新しい収益の柱として期待されている。

 ステーブルコインの発行者には、発行額と同額の準備資産を保有することが法律で義務付けられている。この準備資産は、預金や安全性の高い国債などで安全に保有される。そして日本銀行が金融政策を正常化し、政策金利を引き上げていくと見られる環境下では、準備資産として保有している国債から得られる利息収入(運用益)が増加すると考えられる。

 この運用益が、デジタル通貨の普及によって失われかねない従来の決済手数料収入の減少を相殺する役割を担うと期待されているのだ。

 メガバンクがターゲットとしているのは、送金上限の制約がない「信託型」と呼ばれる発行手法を活用した、企業間決済などの高額取引だ。企業と個人間の取引市場の約3倍以上の規模を持つと言われる企業間決済市場は、全体で約1000兆円規模とされている。

 米国の大手金融機関であるCitiグループは、2030年にステーブルコインの発行残高が約1.9兆ドル(約294兆円)、さらに強気の読みでは約4兆ドル(約619兆円)にまで到達し得ると予測している

 そのうち円ステーブルコインが1割程度でもシェアを取れば、30兆~60兆円規模の市場が生まれることになる。この巨大な市場で一定のシェアを獲得し、決済インフラとしての収益と、準備資産の運用益を組み合わせることで、メガバンクは経営の多角化と収益基盤の強化を目指していくと考えられる。

動くしかない状況にあるメガバンク

 これらの説明は、どれが正解・不正解というより、それぞれがステーブルコインを多様な角度から捉えたものと言えるだろう。言い換えれば、日本のメガバンクがステーブルコイン推進に動く理由はひとつではなく、技術革新、国際競争、法制度整備、ビジネスモデルの変化といった複数の要因が重なっていることがわかる。

 銀行が伝統的な業務だけでは生き残れない時代に入りつつあるいま、ステーブルコインは、次世代における金融業を築く第一歩としての重要性を増している。

 とはいえ、今後メガバンクを待ち受ける課題は少なくない。当然の話だが、裏付け資産の管理やサイバー攻撃への対策など、サービス全体の安全・安定性をどこまで高められるかが問われている。

「ステーブル(安定した)」と名乗る以上、価格の安定と資産保全に失敗すれば、銀行の信用そのものが揺らぐ。またマネーロンダリングやテロ資金供与を防ぐための本人確認・取引監視を、ユーザーの利便性と両立させる工夫も必要だ。

 さらに、海外当局との連携や国際的なルール作りにも積極的に関わらなければならない。技術・法規制・経営の3つを同時に進化させながら、慎重かつ大胆にデジタル通貨ビジネスを育てられるかが、メガバンクの次の試金石となる。

小林 啓倫(こばやし・あきひと)
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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