立花氏の逮捕劇、「法の支配」と「言論の自由」の境界線を引き直す契機に
さて、冒頭で私は「いまだに逮捕のタイミングが十分に説明されていない」と書きましたが、この「なぜ今か」という問いについて、現時点で一つ、興味深い情報があります。
今週、参議院の議院運営委員会で、自民党会派に加わったN党所属の齊藤健一郎参院議員が質問に立つ予定で、その準備のため官僚を呼び出してヒアリングを重ねていたという話が聞こえてきます。立花氏の逮捕を受けて、11日、齊藤氏は自民党との統一会派を離脱したと表明しましたが、自民党内からは、政権が議席確保のためにN党との連携を急いだことへの違和感や批判の声が、以前から上がっていました。
高市内閣の誕生後、「自由民主党・無所属の会」としてN党参院議員が会派入りしたこと、さらに兵庫県の斎藤知事(日本維新の会)が藤田文武代表の不祥事とともに連立的関係を強めている状況は、いずれも「なりふり構わぬ数合わせ」との批判を招いています。高市首相は「N党の参院議員は無所属議員として統一会派を組んだだけだ」と説明していますが、これで世論の疑念を払拭するのは難しいでしょう。
加えて、公益通報者保護法には、内閣総理大臣の責務も明記されています。第十八条はこう定めています。
<内閣総理大臣は、公益通報及び公益通報者の状況に関する情報その他その普及が公益通報者の保護及び公益通報の内容の活用による国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守に資することとなる情報の収集、整理及び提供に努めなければならない>
あれほど大きな政治問題となった兵庫県の内部通報問題について、高市首相(選挙区は奈良)がまったく知らなかったとは考えにくいでしょう。そのうえで一時的にでもN党所属議員を会派に迎え入れた判断は、この法律の趣旨に対する認識、そして内部告発に対する姿勢について、国民に強い疑問を抱かせるものです。
今後の捜査・起訴・公判の過程は、日本社会が「法の支配」と「言論の自由」の境界をどこに引き直すのかを問う、大きな試金石となります。捜査当局、検察官、裁判官は、自らの判断が日本の民主主義と法秩序の行方を左右しうることを、改めて胸に刻んでほしいと思います。


