文藝春秋(写真:共同通信社)
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 4月23日、当時、文藝春秋の社長だった松井清人と社長室で対峙した私は、松井の社内不倫は社内で周知の事実であること、それが外部に漏れれば社はもとより松井個人にも深刻な危機に陥る可能性が高いこと、松井の会長就任に断固反対でその考えを引っ込めない場合には松井の不倫問題等を私がマスコミに暴露すること、などを告げました。

 密かに会長に就任しようとしていた松井も、さすがに自分がただならぬ窮地に陥ったことに気付いたようでした。ただ、彼はその場では自身の進退について明言することはありませんでした。

(編集部註:本記事は前後編の後編です。前編はこちら

マスコミ各社が気付き始めた文春の異変

 というより、この時点では辞めるつもりはありませんでした。というのも彼は、すぐ後に自分一人で決めた新たな役員人事を、各候補者に内示し始めたのです。もちろん自分が会長になるということも含めて、です。そこで松井社長の会長就任に反対したのは、私と、やはり退任が決まっていた西川清史副社長、そしてもう一人の役員だけでした。

 4月27日の金曜は役員会がありました。後で知ったことですが、松井は私たち反対派が彼の解任動議を出すのではないかと考え、対策をしていたようです。数で負けている私たちに勝ち目はありません。私たちは負ける戦いはしないと決めていました。勝負を仕掛けるタイミングを慎重に計っていたのです。

 文藝春秋では毎年、5月末に決算役員会が開催されます。そこで株主総会に諮る次期役員人事案も決定します。まずはそこまでの間で勝負を仕掛けなくてはなりません。

 ところが、このころから、マスコミが文藝春秋の異変を察知し始めました。通常、社長には「文藝春秋」編集長経験者が就くのが慣例だったところに、経理畑出身者が就くということ、それを含めた役員人事で役員会が真っ二つに割れたということを巡って、取材攻勢が始まりました。

 会社の幹部たちには、個人的に「事情を聞かせてくれ」「うちの雑誌で内幕を書きたいからインタビューを受けてくれ」といった申し出が殺到していました。

 また松井社長が提示した新役員人事案について、社内の部長クラスのほとんどに、反対派の役員と執行役員が秘かに聞いてまわると、ほとんど全員が反対であるという報告も耳に入ってきました。

 文藝春秋の株主は役員・社員だけです。入社3年目から、年次に応じて株を購入する仕組みです。そして株数で言えば、部長クラス以上がかなりの割合を占めていて、仮に仮決算役員会で多数決で親経営陣を決めたとしても、株主総会でひっくり返せる可能性はありました。

 なにしろ、役員の賛否は4対3。他の社員株主の意向で相当な接戦になる可能性があり、仮に全部長が反対にまわると、経営陣案は否決されることになります。