現実を歩き、感じ、考える

 私はときどき思います。AIとは完璧な部下であると同時に、人間の鏡なのだと。

 AIが上手に描けるほど、私たちは自分が何を感じていないかを思い知らされます。

 AIがどんなに巧妙でも、そこになぜ作りたいのかという動機はありません。AIが映すのは人間の知識の総体ですが、感情の起点は常に人間の中にあります。

 だからこそ、AIを使う私たちは、自分の感情や体験を深く掘り下げなければならないのです。

 AIが創造の補助をする時代、人間に求められるのは外の情報を操る力ではなく、内なる感情を表現する力ではないでしょうか。

 その内面の掘り下げこそが、AI時代における本物の創造です。

 AIが描き出すのは、すでに存在するデータです。つまり、AIは知られていることしか知りません。

 AIがまだ触れていない現実、未経験の風景、偶然の感動、それらは人間だけが手にできる領域です。だからこそ、人間はもっと現実を生きるべきなのです。

 著作権が切れていない新しい本を読む。ミュージカルや演劇を観て、生の声と息づかいを感じる。旅に出て、異国の風を肌で受ける。美味しい料理を味わい、人生の喜びを五感で記憶する・・・。

 AIは情報を学習しますが、感情を経験することはできません。創造とは、知識の積み重ねではなく、感情と経験の交差点に生まれます。

 だからこそ、人間が現実を歩き、感じ、考えることが、AI時代の最大の創作行為なのです。