AIが普通の社会で人間に求められるのは

 19世紀に写真が登場したとき、人々は「もう絵を描く意味はない」と言いました。しかし、写真は絵画を滅ぼすどころか、絵画を解放しました。

 前回ご紹介したアンリ・ルソーがそうであったように、写真によって「写実の義務」から解放された画家たちは、心の中の風景を自由に描くようになったのです。

 AIも同じです。

 AIが完璧な再現を担う時代になれば、人間はもう「上手に描く」必要がなくなります。これから価値を持つのは、技術ではなく感情。上手さではなく、誠実さです。

 AIは今、芸術だけでなく社会全体の価値基準を揺さぶっています。

 これまでは正確に作る、上手にまとめることが評価されてきました。しかしAIがそれを一瞬で代行できるようになった瞬間、人間の価値の軸は根本から変わり始めたのです。

 例えば、教育の現場。

 これまでは、模範解答に近い答案を書くことが良しとされてきました。
けれどもAIが模範解答を即座に生成する今、重要なのは「なぜそう考えたのか」「どんな思いで答えを書いたのか」です。

 創造的な誤答や独自の視点こそが価値を持つ時代が訪れています。

 ビジネスの世界でも同様です。

 AIが効率化や分析を担うなら、企業が生き残るカギは「自社にしかない物語」を持つことではないでしょうか。

 デザインでもマーケティングでも、ルソーが他の画家と違う見方を提示したように、企業もまた自分たちの夢をどう描けるかが問われています。