物語の名シーンが絵画化

在原業平生誕1200年記念特別展「伊勢物語 ―美術が映す王朝の恋とうた―」展示風景。重要文化財《伊勢物語絵巻》(部分)鎌倉時代 13~14世紀 和泉市久保惣記念美術館蔵(11/1~11/16展示)

 会場には『伊勢物語』を題材にした多彩な絵画作品が展示されている。現存する彩色絵巻の中でもっとも古い作品といわれる重要文化財《伊勢物語絵巻》(鎌倉時代 13~14世紀 和泉市久保惣記念美術館蔵)、この作品に強い影響を受けたと思われる《伊勢物語図色紙》(南北朝~室町時代 14~15世紀 香雪美術館蔵)。古くから人々は物語の世界を絵とともに深く味わいたいと考えたのだろう。

 絵画化のバリエーションが広がったのは江戸時代に入ってから。江戸の初めに挿絵入りの版本「嵯峨本」が出版され、物語がより多くの人に読まれるようになり、絵画表現に対する関心が高まった。著名な絵師が『伊勢物語』の様々な章段を画題に作品を制作しているので、そのうちのいくつかを物語の簡単なあらすじとともに紹介したい。

在原業平生誕1200年記念特別展「伊勢物語 ―美術が映す王朝の恋とうた―」展示風景。重要文化財 岩佐又兵衛《伊勢物語 梓弓図》江戸時代 17世紀 文化庁蔵

 岩佐又兵衛《伊勢物語 梓弓図》(重要文化財)は第24段「梓弓」が題材。宮仕えのために都へ上った男を3年の間待ち続けた女のもとに男が帰ってくる。だが、それは女が待つのを諦め、別の男の求愛を受け入れたまさにその日であった。女が事情を歌に詠むと、男は「私があなたを愛してきたように新しい男を愛するように」と返す。なんとも切ない物語だ。男は門の外で、決して開くことのない戸を見つめている。

在原業平生誕1200年記念特別展「伊勢物語 ―美術が映す王朝の恋とうた―」展示風景。板谷弘長《伊勢物語図(西の対)》江戸時代 18世紀 根津美術館蔵(小林中氏寄贈)

 板谷弘長《伊勢物語図(西の対)》は、『伊勢物語』第4段「西の対」に基づいた作品で、男の悲しい歌とあいまった『伊勢物語』屈指の名場面。男はある貴婦人(二条后宮)に恋し、旧屋「西の対」に行き通っていたが、女はしかるべき身分の人でなければ行くことができない場所に移ってしまった。男は憂鬱な気持ちで過ごしていたが、ある日「西の対」を訪問。その様子はすっかり変わってしまっていて、男はむせび泣きながら、歌を詠む。「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」(月は昔の月ではないのか、春は昔の春ではないのか。あの人がいなくなった今、私の身ひとつだけが元のままで、まわりのものすべてが変わってしまったようだ)。

在原業平生誕1200年記念特別展「伊勢物語 ―美術が映す王朝の恋とうた―」展示風景。土佐光起《伊勢物語図(行く水に数かく)》江戸時代 17世紀 個人蔵

 土佐光起《伊勢物語図(行く水に数かく)》は、男と女が互いの浮気心をめぐり和歌の応酬を繰り広げる第50段が題材。この絵は女が詠んだ「行く水に数かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり」(流れゆく水に数を書いても跡も残らずはかないけれど、それよりもっとはかないのは、私を思ってくれない人を思うことなのですね)という和歌を絵画化したもの。

 一方、画中の文章は男からの返歌。「行く水と過ぐるよはいと散る花といづれ待ててふことを聞くらむ」(流れゆく水と、過ぎ去る年齢と、散る花と。そのうちどれが「待て」と言って聞いてくれるでしょう。人の心も同じ、どれも比べようもなくはかないものです)。