葛飾北斎「風流無くてななくせ ほおずき」個人蔵(前期)
(ライター、構成作家:川岸 徹)
葛飾北斎の“美人画の名手”としてのルーツに着目する特別展「北斎をめぐる美人画の系譜~名手たちとの競演~」がすみだ北斎美術館で開幕。北斎の美人画のほか、喜多川歌麿や溪斎英泉など、同時代の絵師たちによる美人画も紹介する。
北斎のルーツは美人画!?
「冨嶽三十六景」シリーズがあまりにも名高いため、「風景画の絵師」というイメージが強い葛飾北斎だが、実は「美人画の名手」でもあった。それもそのはず、北斎が浮世絵師としてデビューした1779年(安永8)当時、浮世絵の主要ジャンルといえば「役者絵」と「美人画」。しかも北斎の師であった勝川春章は繊細で優美な肉筆美人画の名手であったのだから、北斎が美人画で名を成すことを目指したとしてもなんの不思議もない。
すみだ北斎美術館で開幕した「北斎をめぐる美人画の系譜~名手たちとの競演~」は、葛飾北斎を軸に、美人画の系譜をひも解いていく展覧会。これが期待以上の満足感。今年は大河ドラマ「べらぼう」の放映もあり、浮世絵を題材にした展覧会が相次いだが、その中でも上位に挙げたくなる内容の充実ぶりだ。
「美人画」というテーマを丁寧に掘り下げていく構成で、出品作も粒ぞろい。すみだ北斎美術館のコレクションに加え、東京国立博物館、国立歴史民俗博物館、太田記念美術館、神戸市立博物館、千葉市美術館など、浮世絵コレクションに定評のある美術館・博物館から作品を集めている。
宮川派の勝川春章に弟子入り
展覧会では、まずは北斎の美人画の源流に着目する。北斎は『富嶽百景』初編の跋文で「己六才より物の形状を写(うつす)の癖ありて」と述べているが、その北斎が6歳の時に、江戸で鈴木春信の大小(略歴の一種、現代のカレンダーに類するもの)が一大ブームとなった。春信の可憐な美人画は一世を風靡し、その後、礒田湖龍斎の成熟した女性像や鳥居清長の八頭身美人像が人気を集める。この鳥居清長と同時期に活躍したのが、北斎の師匠である勝川春章だ。
勝川春章「散策美人図」個人蔵(通期)
勝川春章の師は宮川春水で、その春水の師が宮川長春。長春は宮川派の始祖で、浮世絵の開祖・菱川師宣の弟子であったといわれている。つまり北斎は、美人画の系譜の中で “正統”といえる流れを汲む絵師なのだ。
さて、勝川春章の弟子であった頃の北斎の美人画はどのようなものだったのだろうか。うりざね顔で品のいい、典型的な女性像。同時代の人気絵師を意識したようなスタイルで、北斎の個性はまだそれほど感じられない。

