学資保険は「買ってはいけない」

 さて、こどもの学費に備える金融商品といえば、生命保険会社が提供している「学資保険」が思い浮かぶでしょう。しかし、学資保険は非常に問題の多い商品です。

 この記事を書いている2025年10月時点で検索してみると、学資保険の「返戻率」は105%~120%程度の幅があるようです。返戻率とは、払い込んだ保険料と受け取る給付金の比率で、リターンと捉えていただいて構いません。すると、学資保険の先ほどの投資信託で学費に備えた場合のリターンと比べて非常に低いことがわかります。定期預金との比較でもみたように、平均的なインデックス投資信託であればリターンが120%を下回る確率は0.5%程度です。

 しかも、細かい文字で書いてありますが、多くの保険会社の広告では、「22歳まで運用した場合」となっています。学資保険といいながら、ストレートでいけば大学を卒業して学費が不要になるまでの期間をとって少しでも「返戻率」を高く見せかけようとしているわけです。これは消費者に対して不誠実な態度といわざるを得ません。

 そもそも、1年で120%になるのと22年で120%になるのは金融商品としてまったく意味合いが違います。返戻率というのはそうした時間軸をまったく無視した数字なので、比較には適さないものです。

 そして、金融商品の比較に適した数字というのは既にあり、それが「利回り」なのです。学資保険の利回り(正確には予定利率といいます)は、現在だと1%~1.5%程度でしょう。上記シミュレーションで用いたインデックス投資信託の利回り(リターン)である8.3%と比べるといかにも低いのが一目瞭然です。

 逆にいえば、一目瞭然でリターンが劣っていることを誤魔化すために返戻率という生保業界以外ではまず見かけない指標を使っているわけです。この生保業界独自の悪習は金融商品の比較をしづらくする効果しかありませんので、今すぐ使用を禁止すべきだと思っています。

 どんな金融理論でも、時間軸を無視した単純な収支の比率を指標として採用することはありえません。それほど、金融商品にとっては「時間」という要素は重要なのです。

 ゼロ金利の時代には、学資保険の広告はあまり打たれてはいませんでした。返戻率が100%を割ってしまうので、いくら金融リテラシーの低い消費者でも「さすがに意味がない」と気づいてしまいます。

 しかし、インフレになり金利のある世界が戻ってくると、生保各社とも学資保険の営業に力を入れはじめます。今後さらなる金利上昇が見込まれている中、現状の相対的に低い金利で18年~22年間資金を獲得できるのは生命保険会社にとって非常にうまみの大きい商品です。

 逆にいえば、家計の貯蓄を低金利で長期間にわたってロックしてしまう商品ということもできます。

 少し前に、金融庁は節税保険を販売している保険会社に対して「生命保険本来の趣旨を逸脱」するような商品の販売を差し止めました。学資保険は生命保険本来の趣旨に即しているといえるのでしょうか?

 また、オーバーインシュランス(過剰保障)にならないよう、保険販売にあたって公的保険制度の情報提供を求めています。学資保険の販売時に、こどもNISAとの比較を義務づけるというのはその延長線上の話として捉えることもできます。

「貯蓄から投資へ」や「資産運用立国」のスローガンが掲げられ、こどもNISAの導入が見込まれる中、生命保険会社が学資保険の名目で家計の貯蓄を長期にロックしにいくことの意味について、改めて考え直す必要があるのではないでしょうか。

我妻 佳祐(わがつま・けいすけ)1981年生まれ、山形県米沢市出身。99年、京都大学理学部数学科入学。2006年、京都大学大学院理学研究科修士課程にて生命保険の研究で修士号を取得する。同年、金融庁に入庁。保険、証券、開示、銀行等金融行政に幅広く関わる。14年、京都大学大学院理学研究科博士後期課程を修了し、生命保険の研究で博士号を取得。19年に金融庁を退官。その後、アクセンチュア等のコンサルティング会社勤務を経て、21年に生命保険の買取サービスを提供する株式会社ライフシオンを設立。25年より光通信グループにてライフワークである生命保険の理想を追求する事業を開始する。