江上館 撮影/西股 総生(以下同)
(歴史ライター:西股 総生)
はじめて城に興味を持った人のために城の面白さや、城歩きの楽しさがわかる書籍『1からわかる日本の城』の著者である西股総生さん。JBpressでは名城の歩き方や知られざる城の魅力はもちろん、城の撮影方法や、江戸城を中心とした幕藩体制の基本原理など、歴史にまつわる興味深い話を公開しています。今回の名城シリーズは、新潟県胎内市にある江上館を紹介します。
奥山荘の中条を継承した中条氏
「江上(えがみ)館」と聞いて「中条(なかじょう)にある、あの江上館ね」とわかった人は、かなりの城マニアだ。江上館のある旧中条町は新潟県の北部、新発田市と村上市とのちょうど中間にあたり、現在は市町村合併で胎内市に含まれる。
羽越本線に乗って新発田から北上すると、右手の車窓(東側)には櫛形山脈がそびえ、左手(西側)には水田が広がり、その向こうが日本海となるが、江上館はそんな水田地帯の中の微高地に築かれている。中条の駅からだと、北に徒歩で15分くらいの所だ。
江上館跡の入口。詳細な説明板が設置されている。画面左奥に堀と土塁が見える
このあたりは、平安時代には奥山荘という摂関家領の荘園だったが、鎌倉幕府創立の功臣である和田氏の一族が地頭職を得て入部した。和田氏や三浦氏の主流は、幕府内部の権力闘争から和田合戦や宝治合戦で滅んでしまったけれど、奥山荘の和田一族は生き残ることができた。
南北朝時代になると、奥山荘は北条・中条・南条の3つのブロックに分割相続されることになる。このうち、中条を継承したのが中条氏というわけだ。この中条氏は、南北朝・室町から戦国の争乱の中で、地生えの国衆として力を伸ばしてゆき、北条を継承した黒川氏とは和戦を繰り返した。
主郭の土塁を内側から見る。この外に堀があった
戦国時代、下越地方の国衆たちは阿賀野川より北の連中という意味で「揚北衆(あがきたしゅう)」と呼ばれ、叛服常ない動向をもって長尾為景や上杉謙信を悩ませたが、中条氏や黒川氏は揚北衆の中心勢力の一つであった。そんな中条氏が、室町から戦国の初め頃にかけて本拠としたのが江上館である……と聞くと、足を運んでみたくなる人もいるのではないか。
土塁で厳重に防備された主郭の内部。発掘調査で見つかった建物や井戸の跡がわかりやすく表示されている
江上館は、早くから歴史的な価値が認識されて1984年に国指定史跡となり、1990年代には大がかりな発掘調査が実施されている。現在は、調査成果に基づいた整備もされていて、中世風の門や建物(休憩舎)が復元されているほか、遺構の表示や説明板なども充実しているから、中世・戦国史に興味のある人なら一度は訪れる価値がある。
発掘調査で見つかった建物跡を参考に中世建物風に作られた休憩舎
価値がある……のではあるけれど、残念ながら、冒頭でも書いたように江上館は、城好きの皆さんに必ずしも人気のあるスポットとはいえない。原因は、どうやら「館」という名称にあるらしい。筆者は、これまで何度も城好きの方、それもかなりディープなマニアの方から「館は、ちょっとねぇ……」という反応を、江上館に限らず「館」全般について頂戴している。皆さん、「館」に対しては反応温度が低いようである。
平地で堀と土塁が四角く囲んだ形のものを、学会では一般に「館」と呼び習わしている。ちょっと待てよ? 堀と土塁で囲むのは、武器を持って大勢で(=組織的に)攻めてくる相手がいるからで、だったらそれは「平城」なんじゃないか? と筆者なんかは思ってしまう。けれども、歴史学や考古学の世界では、軍事一辺倒で歴史を解釈するのは軍国主義的で宜しからずという理念に基づいて、「館」と呼ぶことになっている。
主郭から見た北郭。手前の凹みは堀跡。北郭は馬出のような機能を果たす縄張りになっている
江上館の場合だと、土塁も堀も戦闘に耐えうるサイズだし、主郭を中心に前後に曲輪が連なっていて、虎口も凝った造りになっている。筆者の感覚では立派に平城なのだが、中に建物がたくさん建っていて人が住んだことが歴然としているから、「江上館」なのだそうだ。そのロジックが正しいのなら、前回紹介した今治城(10月1日掲載)も「今治館」だし、いや二条城も駿府城も名古屋城も「館」になるはずなのだけれど……。
北郭(画面左手)から主郭(右手)への通路は複雑に屈曲し、枡形虎口のようになっていて横矢も掛かる
「江上館」の名称は平和主義的でリベラルで大変ありがたいのだけれど、そのおかげで城好き・歴史好きの人たちから価値を認識されていないのだとしたら、残念なことだ。なので、本記事の読者の皆さんに、こっそりお教えしておきますね。
あれ、本当は「江上城」なんですよ、と。
[参考図書]館と平城については、西股総生『「城取り」の軍事学』をご参照下さい。角川ソフィア文庫(2018)/デジタル版は学研。











