旧ソ連時代に建造されたロシア弾道ミサイル潜水艦「タイフーン型原子力潜水艦」(写真:AP/アフロ)
日本で「公益通報者保護制度」の重要性があまり認識されていないのは、なぜでしょうか。私は、国民が実感するような成功例が少ないこと、「内部告発」という言葉に「裏切り者」というニュアンスを感じ取る人が多いこと、そして「告発者には必ず自分の思惑があり、自分の利益のために告発しているのだ」との先入観を抱いている人が多いことではないか、と感じています。
また空気を読むことに長けていて、集団の和を乱す異論を好まない国民性もその傾向を強めているのではないでしょうか。
しかし、あえて異論を差しはさみ、組織の問題点を指摘することは、今後の日本の未来を健全なものにしていくために極めて大事なことだと私は考えます。
私は編集者として、数々の内部告発者とつきあい、記事化し、告発者が訴える「正義」や「改革」が実現できるよう努力をしてきました。
しかし、日本では雑誌に対する偏見もあって、告発とその成果はあまり知られていません。そこで、私が関わった大きな事件と内部告発者の事例を紹介してみたいと思います。
この記事を読んで、告発者の苦悩と、人生を賭けて社会正義を貫こうという意志があったこと、そしてその告発には犠牲がともなったことを、少しでも知ってほしいと思うのです。
ソ連への不正輸出
ある程度の年代以上の読者はご記憶かもしれませんが、世界的に波紋を広げた「東芝機械ココム違反事件」です。告発者の名は熊谷独(ペンネーム)さんです。当時、月刊『文藝春秋』の編集部員だった私は熊谷さんに手記を書いてもらうことになるのですが、その当時は、この一件がその後に広範囲な影響を及ぼすことになるとは想像していませんでした。
事件が表面化したのは1987年3月下旬、朝日新聞のスクープによるものでした。東芝機械が「対共産圏輸出統制委員会」(ココム)で共産圏への輸出が禁じられている工作機器などをソ連に輸出した疑いがあるとして、米国防総省筋が日本政府に調査を要請したと報じられたのです。
事件についてもう少し詳しく述べれば、1982年から84年にかけ、ソ連側の求めに応じ、東芝機械製の大型船舶用のスクリューを切削できる九軸同時制御の工作機械やそれを制御するNC装置などを、伊藤忠商事と和光交易がノルウェー経由で輸出したというものです。東芝機械や伊藤忠、和光交易は、これらの装置がココムで定められた輸出統制対象リストに該当することを承知したうえで取引していたのです。


