原子力潜水艦の生命線を握る技術
事件が明るみにでるきっかけを作ったのは、和光交易で当該装置の輸出に関わっていた同社元社員・熊谷独氏です。彼がココム局宛てに告発状を郵送したのです。
「大型船舶用」とは言っていながら、この最先端の装置で作られるスクリューはソ連の原子力潜水艦に使われる可能性が高いものでした。潜水艦に完成度の高いスクリューを装備することができれば、燃費・速度・振動・消音などの面で有利になるといいます。
特にスクリュー音をいかに小さくするかは潜水艦にとって生命線です。敵は、水中を伝わるスクリュー音を拾って、潜水艦の探知・識別・追跡の手段とします。東芝機械の装置は、ソ連の原潜のスクリューの静粛性向上に寄与する可能性があるものでした。そのことは、米国をはじめとする西側諸国からみればソ連の脅威を大幅に増加させるものでした。
当時は、米ソ冷戦は極度の緊張状態にありました。そして海軍力で米軍に劣っていたソ連が切り札としたのが核兵器搭載ミサイル潜水艦でした。本土のミサイル基地が米側からの攻撃で全滅しても、世界中に潜む原潜による海中からのミサイル攻撃で米国を壊滅させられる――これがソ連の恐怖の抑止力戦略だったのです。
それだけに米国は、西側諸国から民生用の技術が軍事用としてソ連に輸出され、ソ連軍の能力が向上することを恐れていました。それを防ぐために作られたのがココムで、これによって西側からの技術移転を防ぐことに躍起になっていたのです。
ところがその真っ最中に、日本企業によるココム違反が発覚したのですから、世界中が騒然となりました。しかも、事件のきっかけが和光交易の元社員による告発であることも報じられていました。
世間の関心は、自分が逮捕される可能性もあるのに、なぜ元社員は告発したのかという点にも集まっていました。