AIが法の抜け穴を見つける時代がやってくる?(筆者がWhiskで生成)
(小林 啓倫:経営コンサルタント)
オーストラリアで起きた「政治家二重国籍問題」
2017年、オーストラリアで「政治家二重国籍問題」と呼ばれる事件が起きた。Wikipediaに内容がまとめられているので(日本語版/英語版)、詳しくはそちらをご覧いただければと思うが、ここで簡単にまとめておこう。
この問題は、オーストラリアの憲法に起因するものだった。豪州憲法第44条(i)項は、「二重国籍の人物は国会議員になれない」と定めている。これ自体は1901年からある古いルールで、記述も明確なのだが、オーストラリアの憲法と各国の国籍制度の「組み合わせ」に見落としがあった。
国籍に関する原則として、世界には血統主義(親や祖父母がその国出身なら、自動的にその国籍が付くことがある)や出生地主義(その国で生まれただけで自動的に国籍が付くことがある)といったルールがあり、さらに国籍放棄の手続きが複雑(正式な手続きが終わるまで、その国籍が維持された状態になり得る)な場合がある。
そのためこの第44条(i)項を素直に当てはめると、「実は資格のない議員がいる」ことが急に判明したのだ。これは新しい法律や裁判で生まれた問題ではなく、「気づいた瞬間に現実に影響が出る」タイプの問題だった。
2017年7月、同国のスコット・ラドラム議員とラリッサ・ウォーターズ議員が二重国籍により辞任し、問題が顕在化した。最終的に、副首相を含む8人の上院議員と7人の下院議員が辞任または資格を失うまでに至っている。
またこれにより、当時のターンブル政権は一時的に下院の過半数を失う事態に直面した(その後に行われた補欠選挙により回復)。
さらに、さまざまな議員の資格に疑いが出たことで、これまでの行政決定が無効になる恐れも生まれ、政府の日常業務も止まりがちになった。混乱を収めるには補欠選挙などの対応が必要となり、立て直しには約1年半を要した。
こうした「気づいた瞬間に現実に影響が出る」法律上の問題は、コンピュータのゼロデイ問題になぞらえて、「リーガル・ゼロデイ」と呼ばれている。
「ゼロデイ問題」とは、ソフトウェアにそれまで知られていなかった欠陥が見つかり、ハッカーがその新たな欠陥を悪用して攻撃を仕掛けるのに対し、修正プログラムの開発・提供が間に合わないため、ユーザー側に防御手段がない危険な状況のことを指す(ゼロデイすなわち「ゼロ日」という表現は、欠陥が発見されてから対策が講じられるまでの「猶予期間がゼロ日」であることを意味している)。
コンピュータのゼロデイ同様、リーガル・ゼロデイも深刻なリスクをもたらす。前述のオーストラリアの例では、事態の収拾に1年半もかかっており、国家レベルでの混乱が起きたと言えるだろう。
とはいえ、そうした抜け穴はめったに見つかるものではない。コンピュータのゼロデイ問題の場合も、めったに存在せず、簡単には見つからないからこそ、ソフトウェアを開発したベンダーですら気づかず見過ごしているわけだ(逆に簡単に見つかるような不具合であれば、先手を打って対処されている可能性が高い)。リーガル・ゼロデイについても同様だと考えられる。
しかしいま、ある技術の進歩によって、リーガル・ゼロデイの起きる可能性が高まりつつあるのではないかと懸念されている。その技術とはもちろんAIだ。
