(3)イスラエル・ロビーと政治献金の影響力

 米国の対イスラエル政策はユダヤ系によるエスニック・ロビイング(少数の民族団体がロビー活動を通じ働きかけること)の成果だとしばしば指摘される。

 ところが、イスラエルのために強い主張をする有力者の中には、キリスト教シオニストのような、ユダヤ教徒以外の人が含まれている。

 今日の米国においてユダヤ系人口が占める割合は2%程度だが、信仰上の理由でイスラエルを重視するキリスト教福音派は25%程度を占める。

 米国には、イスラエル人でもユダヤ系でもないシオニストが多く存在するのである。

 このような事情を踏まえて、この問題に関する有名な研究書を著した政治学者のジョン・J・ミアシャイマーとスティーヴン・M・ウォルト両氏は、「ユダヤ系ロビー」という表現ではなく「イスラエル・ロビー」という表現を用いるよう提唱している。

ア.イスラエル・ロビーの凝集性の高さ

 イスラエル・ロビーとして知られる利益団体は複数存在するが、とりわけ大きな影響力を行使しているのが、米国・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)である。

 1963年に創設された同団体は、全米トップ25のロビー団体の中で外交政策に働きかけを行う唯一のロビーである。

 同団体のホームページには、300万人を超える草の根活動家が存在するとのことだが、実態はそれを下回るだろう。

 彼らは、イスラエルの安全を保障するのが米国の国益に適うと主張している。

 イスラエル・ロビーの影響力の強さは、各団体の凝集性(結束力)の高さによって説明できる。

 ユダヤ系米国人は様々な利益に関心を持つ多様な人々であり、各種争点についての見解も多様である。

 だが、イスラエル・ロビーが政府に働きかける際には見解の多様性を表面化させてはならないというコンセンサスが主流派団体の中に存在する。

 そのため、イスラエル・ロビーは内部に多様な見解がある場合でも、対外的には親イスラエルの立場でまとまる。ぶれない姿勢を示すことが、政治的影響力を担保している。

イ.選挙資金と動員力

 イスラエル・ロビーは選挙の際に圧倒的な影響力を行使し、親イスラエルの立場をとる政治家の再選と、反イスラエルの立場をとる政治家の落選に寄与している。

 まず選挙資金の確保と配分において、イスラエル・ロビーは大きな影響力を持つ。

 米国では選挙を戦うために多額の費用が必要であり、選挙に関する寄付も政治的意思表明、表現の自由の一種として擁護されている。

 そのため、資金力に秀でた利益集団は、政治過程に大きな影響力を行使することができる。

 ユダヤ系の富裕層には慈善事業の伝統があり、豊富な資金を団体や政治家に寄付する伝統がある。

 ハリウッドの娯楽・メディア産業で活躍するユダヤ系の富豪が潤沢な献金を行ったことが報道されることがあるが、親イスラエル派の寄付金はアラブ系やイスラム教徒による寄付を圧倒的に凌駕している。

 イスラエル・ロビーは膨大な選挙資金を候補者に分配する役割も果たす。

 その前提として、議員や候補がイスラエルに対して友好的な態度をとっているかの評価が恒常的に行われている。

 そして、イスラエルに対して友好的な態度をとる候補には膨大な資金を提供する一方で、非友好的と判断された候補については対立候補を送り、多額の資金を投じて追い落としを図るのである。

 イスラエル・ロビーは選挙時の動員能力も高い。

 ユダヤ系は全米の総人口の約2%しか占めていないが、カリフォルニア、フロリダ、イリノイ、ニュージャージー、ニューヨーク、ペンシルベニアの各州など、大統領選挙の帰趨を決する重要州に多く居住している。

 ユダヤ系の投票率は一般有権者の2倍に上ると指摘されているが、とりわけ激戦州では彼らの票に注目が集まる。

ウ.政治家と世論に対する影響

 イスラエル・ロビーは政策過程においても様々な影響を行使している。

 前述したとおり、イスラエル・ロビーが政治家の発言や活動に対する評価を随時行っていることが、政治家には脅威となる。

 彼らが作成した採点表が緊密に張り巡らされたネットワークを通して広められることは、政治家にとって脅威である。

 米国の連邦議会議員は自らの再選を重視するため、選挙区の産業に密接に関わる分野の委員会への配属を希望するのが一般的であり、ユダヤ系議員は外交委員会への所属を希望する傾向が強い。

 外交委員会に占めるユダヤ系の比率は高く、彼らが外交政策に及ぼす影響は大きくなる。

 また、ユダヤ系の中で教育水準の高い人は、大学院卒業後に、大学やシンクタンクで外交政策を研究することも多い。

 また、連邦議会や議員のスタッフとして政策過程に加わることも多い。

 ロビイストも、彼らが重視する争点についての情報を集めて、説得力あるやり方で説明する能力に長けている。

 彼らは、イスラエルに関する争点が浮上した場合も、自分たちの要求を一方的に伝えるのではなく、法案のセールスポイントなど様々な情報を提供し、議員の活動を手助けする。

 彼らのもたらす情報が、政策決定過程において強力な武器になることも多い。

 イスラエル・ロビーは、メディア、シンクタンク、学会や教育界に対しても大きな影響を及ぼし、世論形成にも寄与している。

 親イスラエル派は大学やシンクタンクに対して人材や研究費を提供し、親イスラエルの研究拠点を築いている。