90歳の誕生日を迎えたダライ・ラマ14世、式典には俳優のリチャード・ギアも出席した(7月6日、写真:AP/アフロ)
中国では、宗教問題は国内統治の問題と深い関わりがある。
その筆頭となるのがチベット仏教とイスラム教をそれぞれの精神的支柱とするチベット族やウイグル族の独立および人権問題である。
中国の少数民族の独立および人権問題は日本の安全保障面、とりわけ外交面には少なからず影響を及ぼすであろう。
中国の歴史を振り返れば、宗教で結びついた民衆の反乱がいくつも起きている。
14世紀半ばの元王朝末期の白蓮教などの宗教結社が起こした「紅巾の乱」、18世紀末から19世紀初めの清の時代の「白蓮教徒の乱」、19世紀半ばの清の時代の「太平天国の乱」がまず想起される。
そして、日本や欧米諸国の8か国連合軍が中国に出兵し、植民地化が進むきっかけとなった1900年の「義和団事件」など宗教団体が時の政権を脅かす反乱を引き起こした事例があり、共産党政権が宗教の怖さを強く認識するゆえんである。
そして、今、ダライ・ラマ後継者問題が注目されている。
信仰心はしばしば、政治的圧力に対して非常に強い反発力を発揮する。中国国内で焼身自殺を図ったチベット僧侶などが2009年2月から2013年2月の間で100人を超えた。
(出典:日本経済新聞「焼身自殺図ったチベット人、中国国内で100人超す」2013年2月15日)
中国政府がダライ・ラマ後継者問題のとり扱いを間違えれば、共産党政権を脅かすチベット族の反乱が起こるかもしれない。
さて、チベットの精神的指導者でインドに亡命中のダライ・ラマ14世は「次のダライ・ラマ」について、90歳頃に方針を決めると度々言及していた。
2025年7月6日、ついに90歳の誕生日を迎えた。
2025年7月2日、ダライ・ラマ14世は、「ダライ・ラマ化身制度の継続確約についての声明」と題する声明を発出し、ダライ・ラマの化身認定制度により自らの後継者が選ばれると発表した。
その中でダライ・ラマ14世は、「ダライ・ラマの制度が続くことを確約する」と表明。
後継者となる「転生者を認定する権限」を持つのは、ダライ・ラマ法王庁ガンデン・ポタン信託財団のみで、「他の誰もこの問題に干渉する権限はない」と言明。
同財団が「これまでの伝統に従い、生まれ変わった者の捜索・認定を実行する必要がある」と述べた。
(出典:ダライ・ラマ14世日本公式サイト「ダライ・ラマ化身制度の継続確約についての声明」 2025年7月2日)
中国外務省は7月2日、ダライ・ラマ14世の後継者の選定について中国政府の承認が必要だと表明した。
毛寧報道局長が記者会見で「中央政府の承認を原則とし、国家の法律と法規に従って手続きしなければならない」と述べた。
他方、米国務省は7月5日、ダライ・ラマ14世が6日に90歳の誕生日を迎えるに当たって声明を発表した。
チベットの人々が「干渉なしに宗教指導者を自由に選び崇拝することを支援する」と述べ、後継者問題でダライ・ラマ側と対立する中国を牽制した。
声明は、ダライ・ラマが団結や平和、思いやりを体現し、人々に希望を与え続けていると称えた。
チベットの人々の人権や自由を推進していく米国の取り組みは揺るがないと強調した。
今、ダライ・ラマの後継が注目されるのは、中国がダライ・ラマに次ぐ高位の「生き仏」とされるパンチェン・ラマの転生者認定に干渉した経緯があるからである。
阿弥陀如来の化身とされるパンチェン・ラマは1989年に10世が死去した後、高僧らによる転生者を選び出す作業を経て、1995年にチベット自治区に住むゲンドゥン・チューキ・ニマ少年(6歳)が「パンチェン・ラマ11世」と認定された。
ところがニマ少年は認定の数日後に行方不明となった。チベット亡命政府は中国当局が「拉致した」としている。
中国政府は同年、中国内に住むギャルツェン・ノルブ少年(6歳)を「パンチェン・ラマ11世」とすることを発表し、2人のパンチェン・ラマが存在する異例の事態となった。
今年6月、習近平国家主席は、中国側が認定したパンチェン・ラマ11世と会談した。
これは、ダライ・ラマ14世の後継者選びへの牽制とみられる。チベット亡命政府は、ダライ・ラマ14世の後継者選びに中国政府が介入するのではと警戒感を示している。
さて、本稿ではダライ・ラマ後継者問題と中国における宗教問題の政治性について述べてみたい。
以下、初めにチベット自治区の地理について述べ、次にチベットの歴史について簡単に述べ、次にダライ・ラマの後継者問題について述べ、最後に、中国における宗教問題の政治性について述べる。