
人口減少、後継者不足、そして海外製品との価格競争――。日本の地方産業を取り巻く環境は厳しさを増している。特に繊維産業は、安価な海外製品の流入により、国内生産は激減。多くの企業が撤退や廃業を余儀なくされてきた。
しかし、そんな逆風の中でも、独自の技術と理念を武器に、世界市場に挑戦を続ける企業がある。和歌山県海南市に本社を置くニッティドは、5本指靴下の専業メーカーとして、40年以上にわたり市場を開拓してきた。
「靴下は『履くもの』ではなく『足を包むもの』である」――創業者である父の理念を受け継ぎながら、2代目の井戸端康宏社長は、その言葉に新たな意味を吹き込んでいる。
ゼロから市場を創造する
1981年、ニッティドの前身となるニットグローブが誕生した。創業者の井戸端隆宏氏は手袋メーカーに勤めていた経験を活かし、作業用の5本指靴下の製造を始めた。当時、5本指靴下は市場にほとんど存在せず、「手袋メーカーが趣味でつくっているのだろう」と揶揄されることもあった。
実は5本指靴下の歴史は、1970年のスペイン・バルセロナに遡る。カルセン社が世界初の工業生産を始めたが、素材はナイロン・アクリルで履き心地が悪く、デザインも足指とその周辺を覆うだけの製品だった。カルセン社はほどなくして倒産。そんな「失敗作」に可能性を見出したのが隆宏氏だった。和歌山市内の百貨店でこの製品を一目見て、「手袋のように足の指を1本ずつ包むことで、足も本来の機能を発揮できるのではないか」と直感した。
隆宏氏には確固たる信念があった。「丈夫でありながら履き心地がよい靴下は、足本来の機能を発揮できる」。その信念は、単なる製品開発を超えて、人間の健康と快適性を追求する哲学へと昇華していった。
「父は日本でゼロから5本指靴下の市場を立ち上げましたが、凄かったのは、売れなくても5本指靴下の可能性を信じて、全くぶれなかったことです」と井戸端社長は振り返る。

創業時、隆宏氏は靴下市場全体に占める5本指靴下のシェアを「1%にする」と宣言し、それを実現した。現在では8%まで育っている。