地域と共に歩む決意

「都市部への移転も真剣に検討したこともあります」。井戸端社長は、過去の葛藤を率直に語る。人材確保、物流効率、市場へのアクセス――すべての面で都市部の方が有利だ。それでも、海南市に留まることを選んだ。

 その決断の意味が明確になったのは、2020年のコロナ禍だった。マスク不足に苦しむ地元のために、編み機でマスクを生産したところ、県内から多くの人が買いに訪れた。「その時、気づいたんです。地域があってこその私たちだと。世界ばかり見ていて、足元を見ていなかった。実際、当社が靴下をつくっていることを知らない地域の人も少なくなかった」。井戸端社長の言葉には、40年間この地で育ててもらった恩への感謝と、地域と共に成長していく決意が込められている。

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 この経験を機に、2022年4月にJR加茂郷駅前に地域交流拠点「トレーラーガーデン」を開設した。3台のトレーラーハウスには、ベルリンをイメージしたカフェ、ピラティススタジオ、そして自社製品を含む物販スペースを併設。高齢化や人口減少が進む地域に、新たな息吹を吹き込んでいる。

加茂郷駅前に開設したトレーラーガーデン

「拠点を変えないからこそ、地域と共に成長できる。移住者を呼び込み、雇用を生み出し、文化を育てる。世界に5本指靴下を広げていくという目標は変わりませんが、同時に地域活性化にもエネルギーを注いでいきたいです」。井戸端社長の言葉には、父から受け継いだ理念を守りながら、新たな価値を創造していく決意が表れている。