図1 『肉布団』(石川豊信カ)、国際日本文化研究センター蔵

(永井 義男:作家・歴史評論家)

江戸の常識は現代の非常識? 江戸時代の庶民の生活や文化、春画や吉原などの性風俗まで豊富な知識をもつ作家・永井義男氏による、江戸の下半身事情を紹介する連載です。はたして江戸の男女はおおらかだったのか、破廉恥だったのか、検証していきます。

「廻し」は理不尽で悪質な制度

 図1では、右の客は遊女が寝床に来て、これ見よがしに情交している。いっぽう、左の客は「さても、おそい事や」と、遊女を待ちわびている。

 典型的な「廻し」の光景と言えよう。

 さて、「廻し」とは、女郎屋におけるダブルブッキングのことである。

 遊女に同時に複数の客を付けるのだ。当然、客によっては遊女がなかなか来ない。

 古典落語『五人まわし』は、この廻しにやきもき、そわそわし、いら立ち、怒る客の男の心理と生態を面白おかしく描いている。落語で、ひとごととして聞いている分には、笑っていられるであろう。

 だが、自分がこんな状態に置かれたらどうだろうか。筆者など激怒するに違いない。「廻し」がいかに理不尽で悪質な制度だったかを、現代に即して述べよう。

 あるマッサージ店で、A嬢は人気があった。

 B助が8時から9時までの1時間コースで、A嬢を予約した。その後、C太とD吉も同じ8~9時でA嬢に予約を入れた。

 店側では当然、その時間はふさがっていると告げなければならない。ところが、店は平気でC太とD吉の予約を受け付けたのだ。いわゆるダブルブッキングである。

 結果、どうなるか。A嬢としては最低限、三人に20分のマッサージをしなければならない。1時間コースの料金を払いながら、20分しかサービスを受けられないのだから、まさに誤魔化しだが、少なくとも20分のマッサージは受けられた。

 ところが、もっとひどい場合もあった。A嬢はC太のところに40分、D吉のところに20分いて、B助には最初に「いらっしゃい、ちょっと待っててね」と挨拶したきりで、けっきょくマッサージには来なかったのだ。それでいて、規定の料金は払わなければならない。このB助の受けた仕打ちが、いわゆる「ふられる」である。

「廻し」と「ふられる」の実態を知れば、笑い話どころではないのがわかろう。サービス業として、欺瞞に満ちた悪徳商法といえよう。

 ところが、吉原や岡場所、江戸四宿など、江戸の遊里では廻しは横行していた。ごく当たり前に行われていたのだ。