円金利上昇と対外経済部門の変化はセットで理解すべき

 もう1つのアンカーである「世界有数の経常黒字大国であること」については、もはや多くの議論を要さない。

 本コラムを含め、近年、あらゆる場所で主張を重ねてきた通り、日本の経常黒字は極めて巨額だが、それは「統計上の黒字」であって「実務上のキャッシュフロー」と同義ではない。

 この点は、2024年3~7月に行われた神田元財務官主催の「国際収支に関する懇談会」でも議論されたテーマだった。

 上述したように、日本企業が対外直接投資を重ねてきた結果、経常黒字は第一次所得収支黒字で支えられるようになった。その受け取りの20%前後が今や直接投資収益の内数である再投資収益である。統計上の定義として、この部分は日本へ還流せず、外貨のまま再投資される。

 例えば、2024年であれば、再投資収益の受取部分だけで約14兆円存在した。その上で海外有価証券から生み出される利子や配当金などの証券投資収益も依然、第一次所得収支黒字の受取部分の4割前後を占めており、恐らくこの大部分も複利の効果を企図して外貨のまま再投資されている可能性が高い。

 ちなみに2024年、証券投資収益の受け取りは約25兆円存在した。この両者の合計である約40兆円は経常黒字から除外して考えた方が為替市場に対する影響をフェアに評価できるというのが、筆者が提唱してきたキャッシュフロー(CF)ベース経常収支の要諦である(厳密には日本からの支払部分についても明確にし、受け取りとネットアウトする必要がある)。

 この結果、2022年以降、日本のCFベース経常収支は大きな赤字であり、2024年以降もおおむねゼロ近傍だったというのが筆者の仮説である(図表④)。報道上は過去最大と騒がれる「統計上の黒字」とは大きく異なっている。

【図表④】

 経常黒字だからと言って、外貨稼得能力が高いわけではなく、それゆえに円建て資産への流入が細る事態にも陥りやすいという可能性はある。

 今回の円金利上昇を前に、日本の対外経済部門が過去10余年で経験している構造変化の事実も合わせて理解したいところである。安易に危機感を煽ることも正しくないが、決して楽観的な状況とは言えない。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2025年5月26日時点の分析です

唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。