2.モリファルの調査報告書
(1)全般
ウクライナの公開情報の調査・分析コミュニティの「モリファル」(Molfar)は、2023年1月に調査報告書「過去3か月でロシアの火災の発生率が2倍になった」を公表し、同年4月にその調査報告書の更新版を公表した。
モリファルとは、60人の優秀なアナリストと200人以上のボランティアからなるグローバルなOSINT(Open Source Intelligence)コミュニティであり、軍事調査、事実確認、情報検索および分析を行っている。
同更新版では、ロシアでの2022年通年の火災発生件数が414件だったのに対し、2023年1~3月の3か月間ですでに212件に増加しており、かつ、いずれも数百万ドル(数億円)規模の被害が出ており、経済がすでに低迷しているロシアにとっては大きな打撃となっている。
また、モリファルは、これらの火災はウクライナのスパイ活動とロシアのレジスタンス運動に起因するものであると結論付けている。
ウクライナのスパイ活動とは、具体的には後方攪乱工作という謀略を指している。
(2)2024年の調査報告書
2024年6月21日に、モリファルは、「ロシアの火災分析:2024年の統計と傾向(Analysis of Fires in Russia: Statistics and Trends for 2024)」と題する調査報告書を公表した。
同報告書は、2024年1月から4月までのロシアの火災について、2003年の同時期とのデータを比較し、ロシアによるウクライナへの本格的な侵攻開始以降の全体的な傾向を概説している。
以下は、同報告書の内容である。
ア.傾向と比較
ロシアでは、2024年1月から4月までに合計262件の火災が記録されている。一方、2023年全体では939件の火災が発生した(家庭内火災を除く)。
これは、2024年1月から4月にかけて、2023年の火災総数の約30%が発生したことを示している。これを詳しく調査・分析する。
下図2は「ロシアにおける2022年1月1日から2024年4月30日までの火災統計」である。
火災に関する言及数が最も多い部分は赤で強調表示し、最新の分析期間の結果は黄色で強調表示されている。
図2:ロシアにおける2022年1月1日から2024年4月30日までの火災統計

2024年2月と3月には火災件数が大幅に減少したことが分かる。この減少は季節要因に関連している可能性がある。
2023年1月には55件の火災が記録されたが、2024年1月には88件に増加している。
2023年4月にはロシアで64件の大規模火災が発生したが、2024年4月には73件に増加している。
火災の種類に関しては、本格的な侵攻開始以来、観測期間を通じて倉庫と工場が依然として上位を占めている。
2022年1月から2024年4月までの間に、ロシアでは1607件の火災が発生した。そのうち、38.6%は工場、36.2%は倉庫であった。
2024年初頭からの火災状況は、過去2年間の状況を合わせた状況と似ている。
火災の42%が工場で発生している。倉庫は全体の28%、ショッピングモールは約14%、エネルギーインフラ施設は10%弱を占めている。
イ.2024年初頭以降のロシアにおける火災事故について
(ア)トゥヴァ共和国:火力発電所で火災、21人負傷
トゥヴァ共和国のシャゴナルスカヤ火力発電所で火災が発生し、170人、40台の消防車が消火活動にあたった。
火災は3月6日朝に発生した。この火災により、火力発電所の従業員23人が負傷し、1人が病院で死亡した。数千人が暖房のない生活に苦しんだ。
(イ)モスクワ上空の「輝き」
2月13日夜、モスクワ東部の住民から空に光が見えたという報告があった。ガスプロムネフチ所有の石油精製所で火災が発生した様子を捉えた動画がインターネット上に拡散した。
ロシアの報道機関は、精製所の炎が出火源と報じた。
一方、ロシア非常事態省は「モスクワでは火災は発生していない」とし、「これは計画的な作業だ」と主張した。
しかし、目撃者は救急車と消防車2台が火災現場に向かっているのを見たと伝えている。
(ウ)チュメニ州における爆発
3月10日、チュメニ州ハンティ・マンシースク地区のガスパイプラインで爆発が発生した。
爆発現場から数キロメートル離れた上空でも光が見えた。州知事および地元当局はこの事件についてコメントしていない。
(エ)ロストフ州で発電所が停止
ノヴォチェルカスク発電所の2つの発電ユニットが3月25日に火災のため停止した。火災は変圧器から発生した。
ロストフ州知事は自身のテレグラムチャンネルでこの件について報告した。その後、発電所は復旧した。
「ノヴォチェルカッスカヤGRES」は、ロシアのロストフ州ノヴォチェルカッスク市にある火力発電所である。
この地域の主要な発電施設であり、同地域南西部の産業部門全体に電力を供給している。
(オ)変圧器生産工場が全焼
4月1日、「ウラルマシュザヴォード」の変圧器生産工場で火災が発生した。火災は4500平方メートルを焼き尽くし、64人の救助隊員と22台の消防車が出動した。
建物の屋根が崩落し、火は急速に燃え広がった。
一方、「ウラルマシュザヴォード」の経営陣は、自社工場で火災が発生したことを否定した。
(カ)ルイビンスクのエンジン製造工場で火災
ロシア、ヤロスラヴリ州ルイビンスクにある「ODK-サターン」社で火災が発生した。
火災は生産工場の一つを包み込み、延焼面積は3万平方メートルに達した。負傷者が出たと報じられているが、ロシアメディアは詳細を明らかにしていない。
ODK-サターン社は、航空およびエネルギー用ガスタービンエンジンの開発、製造、保守を専門とするロシア企業である。
同社は、国営企業ロステクの子会社である「ユナイテッド・エンジン・コーポレーション」(ODK)傘下の企業である。
(キ)ホトコヴォ市の「エレクトロイゾリット」工場で火災
モスクワ州ホトコヴォ市で、3000平方メートルの延焼が発生した。生産工場の屋根が火災に見舞われ、人々は現場から避難した。死傷者の報告はない。
この火災は、電気絶縁材料の製造を専門とする「エレクトロイゾリット」工場が関与した可能性が高いと見られる。
ウ.総括
ロシアでは、2024年1月から4月までに合計262件の火災が記録されている。ロシアの複数の地域では、エネルギー施設の火災により停電が発生している。
火災発生件数が最も多かったのはモスクワ州とレニングラード州で、毎月20棟以上の倉庫が火災に見舞われている。
これらの地域は、最も深刻な火災安全上の問題を抱えている。さらに、ロシア当局は火災についてますます沈黙を守っている。
ロシアでは、2022年初頭から2024年4月末までに合計1607件の火災が発生しており、この傾向は加速しているようである。
(3)筆者コメント
プーチン政権は、反プーチン勢力の抵抗運動が国民に動揺を与えることを恐れ、ウクライナの後方攪乱工作やロシアのレジスタンス運動に起因すると見られる火災・爆発などを公表していない。
だが、モリファルによると、火災が最も多く発生しているのは倉庫や工場、商業施設のほか、石油や天然ガスの貯蔵施設やパイプラインで、火災の一部は、軍需企業の工場やウクライナとの国境に近いロシア南西部ベルゴロトにある弾薬庫などの軍事施設で発生している。
これらの火災・爆発は、ロシアの経済的損失、継戦能力の低減、国民の不安の増大をもたらし、ひいては国民の厭戦気分を高め、反プーチン運動を惹き起こすかもしれない。
筆者は、現在、ロシアで散発している火災が、やがて燎原の火となり、プーチン政権を倒すことを願っている。